2025年8月10日「わたしが喜ぶのは愛であって、犠牲ではない」

2025810日 花巻教会 主日礼拝説教

聖書箇所:ホセア書616

わたしが喜ぶのは愛であって、犠牲ではない

 

 

 

花巻空襲

 

本日810日は、花巻空襲の日です。1945810日の13時半頃、アメリカ軍の爆撃機によって爆弾が投下されました。空襲による死者は少なくとも47名、身元の分からない方々を加えると60名近く、あるいはそれ以上にのぼるのではないかと言われています(参照:加藤昭雄『花巻が燃えた日』、熊谷印刷出版部、1999年、20頁)。最も被害を受けた場所の一つが花巻駅前で、駅前地区だけでも少なくとも32名の命が奪われました。駅のロータリーには現在、花巻空襲50周年を記念した「やすらぎの像」が建てられています1995年建立)

花巻教会が隣接する上町・双葉町・豊沢町の辺りは、爆弾によって生じた火災で甚大な被害を受けました。火災によって、673戸もの建物が焼失したとのことです。

 

先日、近所の床屋さんに行ったとき、いま花巻市博物館で「戦後80年 戦争と花巻」の展示がされていること(期間:75日~8月24日)、ある方の証言の中に「爆弾の爆風で教会の扉が壊れた」と書いてあったことを教えていただきました。先週の木曜日、妻と展示を見に行きました。証言をしてくださったのは釜津田啓子さんで(妻ともお知り合いの方でした)、上町の「十字屋」さんのお生まれであったとのことです。

釜津田さんの証言を記したパネルの中には、当時教会の近くに防空壕が二つあったこと、教会の筋向いに爆弾が落ちて教会の扉が壊れたことが記されていました。花巻教会の記念誌には「教会堂の筋向いに爆弾が落ちて会堂の窓ガラスがめちゃめちゃになってしまった」との証言が残されていますが(中村陸郎さん「戦争中の教会」、花巻教会『いづみ 創立70周年記念号』所収、8頁)、扉も壊れたことは今回初めて知りました。貴重な証言をお伺いすることができ、感謝でした。

 

 

 

三田善右衛門さん・三田照子さん著『光陰赤土に流れて』

 

また、花巻市博物館「戦後80年 戦争と花巻」展には、花巻教会の教会員であった三田照子さんとお連れ合いの善右衛門さんの共著『光陰赤土に流れて』1972年発行)も展示されていました。同書には三田善右衛門さんが旧満州(現在の中国東北部)での終戦前夜から帰還(引き揚げ)までの記録『『光陰赤土に流れて』と、三田照子さんの同じく旧満州での生活と引き揚げの経験を綴った『再見(ヅァイジェン)』が収められています。

 

花巻空襲の前日の89日、旧満州ではソ連軍が侵攻を始め、そこに住んでいた多くの日本人が難民状態となりました。財産も住まいも失われ、多くの人々の命が奪われました。日本へ帰還(引き揚げ)をする過程においても、多くの方々の命が失われました。三田善右衛門さんは難民となった人々のために難民救済所をつくり、その支援に全力を注がれました。また、照子さんは戦争によって多くの人の命が簡単に失われてゆく光景を目の当たりにされ、戦後は引き揚げの経験の語り部として、戦争の悲惨さと平和の尊さを語り伝える活動に尽力されました。

 

照子さんは2017年に99歳で天に召されましたが、99歳の白寿を記念して花巻教会だよりに寄せてくださった文章は、次の言葉で締めくくられています。《私共は、何があっても戦争だけはしてはならない。戦争程、全ての人を不幸にし、悲しませるものはない》(三田照子さん「白寿(99歳)まで生かされて」、『花巻教会だより 第5号』所収、201611月発行)

 

 

 

敗戦から80

 

8月は、私たちが平和を考える上で、忘れてはならない様々な日があります。194586日、アメリカ軍によって広島に原子爆弾が投下されました。同89日、長崎に原爆が投下されました。昨日は国内外で原爆によって亡くなられた方々への鎮魂の祈り、核廃絶への祈りがささげられました。長崎に原爆が投下された89日、岩手県では釜石がアメリカ・イギリス両海軍による艦砲射撃を受け、街は焼け野原となりました。714日の艦砲射撃に続いて、2回目の艦砲射撃でした。また先ほど述べましたように、同日89日、旧満州ではソ連軍の侵攻とその後の過酷な引き揚げの中で、多くの人々の命が失われてゆきました。

 

今週815日、私たちは敗戦から80年を迎えます。私たちが住むこの日本はかつての戦争においてその甚大なる被害受け、また、他国に対して甚大なる被害を与えました。私たちが受け継ぐべき戦争の記憶は被害の記憶であると同時に、加害の記憶でもあります。同じ過ちを繰り返さないために、私たちはこれらの記憶を受け継いでゆかねばなりません。

 

現在、私たちの世界はウクライナ戦争、ガザ戦争をはじめ、いまも戦争・紛争が絶えることなく続いています。一刻も早く、ウクライナでの戦争、ガザでの戦争が停戦へと至るように、神の目にかけがえのない命がこれ以上、傷つけられ、失われることがないよう切に願うものです。一人ひとりの生命と尊厳が大切にされる社会を求め、キリストの平和を求め、ご一緒に祈りを合わせてゆきたいと思います。

 

 

 

「わたしが喜ぶのは愛であって、いけにえではない」

 

 先ほど礼拝の中で、旧約聖書(ヘブライ語聖書)ホセア書616節を読んでいただきました。その中に、次の言葉がありました。わたしが喜ぶのは/愛であっていけにえではなく/神を知ることであって/焼き尽くす献げ物ではない6節)

 

 預言者ホセアが取り次いだ神さまの言葉です。ここでの「わたし」とは、神さまのことです。ホセアは紀元前750年頃から725年頃に活動した預言者です。今から2700年以上も前に活動した人ということになりますね。

 

この箇所で、ホセアは、宗教的な指導者たちが人々の尊厳がないがしろにされている現状に目を向けず、犠牲の献げ物をささげる祭儀に熱中している様子を批判しています。当時、指導者たちがエルサレム神殿にこもって熱心に祭儀(礼拝)を執り行う一方、神殿の外で苦しんでいる貧しい人々には目を向けない現状があったようです。神殿で熱心に焼き尽くす献げ物などの神への献げものをささげているけれども、神殿の外で起こっていることにはほとんど無関心である、そのような現状があったことが伺えます。その現実を前に、ホセアは「神が喜ぶのは隣人への愛を示すことであって、犠牲の献げ物をささげることではない」と神の言葉を取り次ぎ、権力者たちを厳しく批判しています。

 

 

自分を犠牲にすること

 

私たちはもはや、当時のユダヤ教の人々のように犠牲の献げ物をささげることはしません。その意味で、私たちとは遠いお話のように感じるかもしれません。一方で、私たちは自分自身を犠牲にすることはあるのではないでしょうか。

 

「自己犠牲」という言葉があります。キリスト教は伝統的にイエス・キリストの死を、私たち人類の罪を贖うための犠牲の死として受け止め、信仰してきたゆえ、自己犠牲を尊いものと捉えてきた歴史があります。

「自分さえ良ければいい」という考え――いわゆる「自分ファースト」な考え――が大きな力をもつ昨今、自己中心性を乗り越えようとする姿勢は、確かに尊いものだと言えます。ただし、自分を犠牲にすることを自分または他者に「強要する」とき、問題が発生してゆくように思います。そしてそれは時に、人権侵害や、自他に対する大きな暴力にも発展してしまい得るものです。

 

たとえば、戦争中のことを考えれば、よく実感できることでしょう。「欲しがりません勝つまでは」「「足らぬ足らぬ」は工夫が足らぬ」「ここも戦場だ」「すべてを戦争へ」などの国策標語に象徴されるように(参照:「我々は標語に支配された」戦時中の数多くの国策標語『欲しがりません勝つまでは』...民衆巻き込んだ"国後援の標語公募"MBSNEWS 22/08/18 https://www.mbs.jp/news/feature/kansai/article/2022/08/090512.shtml、日本でも戦時中、国を挙げて自己犠牲が強要され、それが大きな惨禍につながってゆきました。

 

「尊い犠牲」という表現はいまも使われることがありますが、この言葉が用いられることに私たちは注意深くあらねばならないでしょう。生命と尊厳がないがしろにされている現実に向かい合わず、その事実を覆い隠すために、この言葉が用いられることが多々あるからです。

 

 

 

「わたしが喜ぶのは愛であって、犠牲ではない」

 

「わたしが喜ぶのは愛であって、いけにえではない」。このホセア書の言葉を、本日は「わたしが喜ぶのは愛であって、犠牲ではない」と言い換えてみたいと思います。神さまがお喜びになるのは愛であって、私たちが自分を犠牲にすることではない、と。もともとのホセア書の文脈からは飛躍した受け止めではありますが、いかがでしょうか。

 

 自己犠牲を自他に強要してはならない、ということはもちろんのこと、自己犠牲を目的にしてもならない。大切なのは、私たちの行為を通して愛が現わされることであって、私たちが自分を犠牲にすることではない。自己犠牲の行為は、あくまで愛の結果として生じたことです。自己犠牲の精神が先にあるのではなく、愛がはじめにあるのです。様々な愛の行いの内に、自己犠牲の行為も含まれているのだと受け止めるのが良いのではないでしょうか。

 

 

 

「分け与える」姿勢

 

 イエス・キリストのご生涯、そして十字架の死は、「犠牲」という言葉だけで表現し尽くすことのできるものではありません。イエスさまがその存在を通して示してくださっていること、それは、「分け与える」姿勢です。イエスさまはこの地上で生きておられたとき、ご自分の内にあるものを人々のために分け与えてくださいました。ご自分の内にあるものすべてを、人々に分け与えてくださいました。

 

パンを裂いて分け合うと、自分の取り分は少なくなってゆきます。けれどもその分、目には見えない恵みが豊かに増し加えられてゆきます。それが、神さまの愛です。私たちが限りあるものを分かち合うことによって、限りのない神さまの愛が現れることをイエスさまは教えてくださっています。

与えることは、ただ自己犠牲だけを意味するものではありません。私たちが自分の手元にあるものを誰かと分け合うとき、そこに神さまの愛が、豊かさが、その喜びが満ち溢れてゆくからです。与えることで、私たちはそれ以上のものを受け取っていることがあるのです。

 

 

 

いまを生きる私たちは、もはや自分を犠牲にする必要はない

 

イエスさまはそのご生涯の最期、十字架の上で、ご自身の存在そのものを一つのパンとして、私たちに与えてくださいました。そのことを通して、限りのない神さまの愛がこの世界に現わされました。この十字架上の犠牲は、「ただ一度きり」(ヘブライ人への手紙928節)の犠牲です。私たちを生かすため、イエスさまは十字架上で「ただ一度」の犠牲をささげてくださいました。

 

ですので、いまを生きる私たちは、もはや自分を犠牲にする必要はありません。私たちの生き方を通してイエスさまの愛と恵みが現わされてゆくため、むしろ自分を活かしてゆくべきです。いまを生きる私たちは、自分を犠牲にしてはならないし、他者を犠牲にしてはならない。私たちキリスト教会はこれまで長い間、自己犠牲を尊いものとして捉えてきました。と同時に、自分自身を犠牲にすることに苦しみ続けてもきました。これからは、自分や他者を犠牲にするのではない、新しい在り方をご一緒に祈り求めてゆければと願います。自己を犠牲にするのではなく、活き活きと、自己を活かしてゆく(生かしてゆく)新しいあり方を――。そのように自他を活かす/生かす中で、分かち合うことの喜びも共にしてゆけますようにと願います。

 

神の目に大切な一人ひとりして、自分を活かし、他者を活かし、喜びをもって共に生きてゆくことこそ、神さまの願いであると信じています。