説教紙面 今週のメッセージ

2018715日 花巻教会 主日礼拝説教

聖書箇所:コリントの信徒への手紙二6110 

今や、恵みの時

 

 

 

コリントの信徒への手紙二6110節《わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。/なぜなら、/「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、わたしはあなたを助けた」と神は言っておられるからです。今や、恵みの時、今こそ、救いの日。/わたしたちはこの奉仕の務めが非難されないように、どんな事にも人に罪の機会を与えず、/あらゆる場合に神に仕える者としてその実を示しています。大いなる忍耐をもって、苦難、欠乏、行き詰まり、/鞭打ち、監禁、暴動、労苦、不眠、飢餓においても、/純真、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛、/真理の言葉、神の力によってそうしています。左右の手に義の武器を持ち、/栄誉を受けるときも、辱めを受けるときも、悪評を浴びるときも、好評を博するときにもそうしているのです。わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、/人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、/悲しんでいるようで、常に喜び、貧しいようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています

 

 

 

西日本豪雨

 

 先週の西日本を中心とした豪雨によって、大変な被害が拡がり続けています。だんだんとその災害の規模の大きさが明らかになってきており、皆さんも心を痛めていらっしゃることと思います。テレビや新聞で報道されていない地域でも、大きな被害が生じているようです。この連休は暑さも厳しく、被災された方々の健康状態も心配です。どうぞ人々の健康が守られますよう、また必要な支援が行きわたりますよう、共に祈りを合わせたいと思います。

 

 西日本豪雨による災害支援のための募金箱を受付のところに置いております。宜しければどうぞご協力お願いいたします。東日本大震災の経験も踏まえ、自分たちにできることを祈り求めてゆきたいと思います。

 

 

 

パウロという人物

 

 現在さまざまな困難の中にある人々のことを覚えつつ、ご一緒に聖書の言葉に耳を傾けたいと思います。

 

 お読みしたのは、新約聖書の『コリントの信徒への手紙二』という書の中の言葉です。新約聖書は四つの福音書が有名ですが、手紙もたくさん含まれています。最も多くの手紙を残しているのは、パウロです。パウロはキリスト教が生まれ出て間もない頃、重要な役割を果たした人物です。盛岡に聖パウロ幼稚園がありますが、その名前もこのパウロからとられています。英語ではポール(Paul)ですね。本日の『コリントの信徒への手紙』を記したのもパウロです。

 

パウロという人はもともとは熱心なユダヤ教徒で、当初はキリスト教徒を迫害していました。しかしあるとき復活したイエス・キリストと出会い、今度は熱心なキリスト教徒となりました。

 

ちなみに、「目からウロコ」ということわざは、このパウロに由来することわざです。パウロがイエス・キリストと出会い、その世界観がまったく新しく変えられたとき、《目からうろこのようなものが落ち》た、という表現が出て来るのですが、それがこのことわざの由来となっています(使徒言行録918節参照)

 

パウロが果たした役割として、キリスト教をパレスチナ以外の地域――ギリシャやローマ――に伝えたということがありました。ユダヤ教から分かれて誕生したキリスト教は、はじめは小さな、ローカルな宗教でした。その知る人ぞ知るローカルなグループであったキリスト教を異国のギリシャやローマに広め、世界的な宗教たらしめてゆくための土台を作ったのがパウロという人であったということができるでしょう。

 

 

 

手紙の活用

 

 パウロが新約聖書にたくさんの手紙を残しているということを述べましたが、キリスト教をギリシャやローマに伝えるためにパウロが活用したのが、手紙でした。遠く離れている人々にキリストの福音や自分の想いを伝えるため、パウロは手紙という伝達手段を活用したのです。

 

本日の手紙『コリントの信徒への手紙二』の宛先であるコリントは、現在のギリシャの南に位置していた都市で、当時アカイア州と呼ばれたローマの属州の首都であったところです。コリントの教会は、パウロが生前もっとも深く関わった教会の一つであったようです。

 

 もちろん当時は、パソコンもスマホもありません。現在の私たちのように、メールやライン、またブログやSNSを使って伝達をすることはできません。離れた距離にいる人々とコミュニケーションをする有効な手段が、手紙を書くことだったのです。ただし、パウロもまさか自分の手紙が後に聖書の一部となり、2000年後も読まれることになるとは思いもよらなかったことでしょう。

 

 

 

スーパーマンではない、一人の人間としてのパウロ

 

 パウロという人物について少し述べましたが、これだけ聞くと、パウロという人をまるでスーパーマンのような人としてイメージする人もいるかもしれません。私たちとは違う、心も体も強靭な、超人的な人であると。

 

 けれども、『コリントの信徒への手紙二』の中には、パウロの評判について、意外な言葉が記されています。《手紙は重々しく力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない1010節)。これは、パウロのことをよく思っていない人々が言っていた陰口を、伝え聞いたパウロがそのまま引用している言葉です。パウロに敵対する人々が言っている言葉であるので、そこには悪意があり誇張されている部分があるかもしれませんが、パウロは必ずしも雄弁な人ではなかったし、場合によっては時に弱々しい印象を人に与える人物であったかもしれないことが伺われます。スーパーマンというイメージとはまた異なるパウロの姿が垣間見られます。

 

 また、手紙の別の部分にはこのようなパウロ自身の言葉もあります。《マケドニア州に着いたとき、わたしたちの身には全く安らぎがなく、ことごとに苦しんでいました。外には戦い、内には恐れがあったのです75節)。パウロはいつも喜びにあふれ、いつも神への信頼にあふれていたわけではなく、しばしば恐れや不安に取りつかれてしまっていたことが分かります。パウロはそのように動揺してしまっている自分を隠すことをしていません。

 

 また別の箇所では、さらに強烈な告白がなされています。《兄弟たち、アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知っていてほしい。わたしたちは耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました18節)。大変な困難の中で、生きる望みさえ失ってしまいました、とパウロは記しています。おそらくここでの大変な状況とは、牢獄に入れられた経験のことを指しているのではないかと思われます。

 

牢獄での監禁生活というのは、私たちの想像を絶するほど過酷なものであったでしょう。簡素な食事しか与えられず、激しい空腹や渇きを覚えていたことでしょうし、また堅い床の上で、鞭で打たれて痛む体もなかなか休まらなかったことでしょう。そのような環境にあっては、誰でも否定的な想いに囚われ、望みを失ってしまいかねないものです。パウロはそのときの心境を、率直に書き記しています。

 

「どんな時も希望を失わない」、それは確かに理想ですが、私たちは時に、「もう何の望みもない」と思ってしまうこともあります。苦しい現実を前に、「もう駄目だ」と思ってしまうことがあります。パウロはそのような私たちとまったく同じように、苦しいときは「苦しい」と口にし、何の希望も見いだせない現実が目前にあるときは、「いまは希望は感じられない」と正直に叫んでいます。ここには、スーパーマンではないパウロ、私たちとまったく同じ、弱さをもった、一人の人間としてのパウロがいます。この一人の人間としてのパウロを感じることができたとき、パウロいう人物は私たちにグッと身近な存在となるのではないでしょうか。

 

 

 

キリストのメッセージ ~「力は弱さの中でこそ十分に発揮される」

 

 パウロとはどういう人であったのか。手紙などを読むことを通して伝わってくるのは、パウロは「自分の弱さを自覚している人」であった、ということです。スーパーマンではなく、むしろ、心と体に弱さを持っており、そしてその自分の弱さをとことん知り尽くしていた人であったのだと思います。

 

自分には、さまざまな弱さがある。さまざまな欠けがある。自分にはさまざまなできないことがある……。逆説的な言い方ですが、そのように自分の弱さを受け入れていたからこそ、パウロは私たちの目に、大きな働きを成し遂げてゆくことができたのではないでしょうか。

 

 若き日のパウロはそうではなかったようです。キリスト教徒を迫害していた頃のパウロは、自分の弱さを受け入れることができていなかったと思います。自分の弱さを受け入れることができず、実際、スーパーマンのような存在になろうとしていたのかもしれません。しかしイエス・キリストと出会ったことにより、だんだんと自分の弱さを受け入れることができるようになっていったのです。

 

 コリントの信徒への手紙二の中に、よく知られた言葉があります。パウロがイエス・キリストから受け取った言葉です。《わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ129節)。まことの力というのは、弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ、と主イエスはパウロにおっしゃいました。この主の言葉を受けて、パウロはこう思うことができるようになってゆきました、《わたしは弱いときにこそ強い1210節)

 

 ここでの「まことの力」とは、パウロ自身の力ではなく、「神の力」です。パウロはだんだんと自分の弱さの中にこそ、神の力が働いてくださることを信じることができるようになってゆきました。自分は弱く、自分だけの力ではほとんど何もできない者だけれども、だからこそ神が助けてくださる。そのとき、自分はまことの意味で強くなれるのだ、と。

 

 また、私たちは弱さをもっているからこそ、互いに支え合ってゆくことができます。弱さとは、私たちを互いに結び合わす扉であるということもできるでしょう。神さまは私たちが独りぼっちで生きるのではなく、共に生きてゆくことができるよう、私たちに弱さを与えてくださいました。私たちが互いに支え合おうとするとき、そこに神さまは働いておられます。

 

 

 

今や、恵みの時

 

本日の聖書箇所に、次の言葉がありました。コリントの信徒への手紙二6410節《大いなる忍耐をもって、苦難、欠乏、行き詰まり、/鞭打ち、監禁、暴動、労苦、不眠、飢餓においても、/純真、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛、/真理の言葉、神の力によってそうしています。左右の手に義の武器を持ち、/栄誉を受けるときも、辱めを受けるときも、悪評を浴びるときも、好評を博するときにもそうしているのです。わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、/人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、/悲しんでいるようで、常に喜び、貧しいようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています》。

 

パウロはこれら言葉を自らが実際に体験した苦難を踏まえつつ述べているのでしょう。牢獄に監禁された経験をはじめ、さまざまな苦しい経験。思わず「何の希望も見いだせない」と叫んでしまった瞬間。そのよう苦しい日々の中で、しかし、それでも消えない希望があることをパウロは知らされました。もはや何も希望がないようでいて、それでもなお、まだ希望があることを知らされました。自分にはもう何もできないようでいて、それでもなお、できることがあることを。それらは私たち自身の力ではなく、《神の力によって》7節)、可能になるのだ、ということをパウロは自身の経験を通して確信してゆきました。

 

その確信に基づき、パウロは告白します。《今や、恵みの時、今こそ、救いの日2節)

 

 

 

共に祈りあい、互いに支え合い

 

「恵みの時」は原文では「絶好の時」とも訳すことの出来る言葉です。私たちが神の力を受け入れるための絶好の時。神さまからの希望を受け入れるための絶好の時。それがいま、この瞬間です。

 

いま、私たちの目には、「恵み」とはとても思えないような、さまざまな状況があります。私たちはそれぞれ、困難な現実の中を生きています。また、私たちは繰り返し、「ここには何の希望もない」と叫び出したくなる状況に出会うことがあります。私たち自身はそう叫ぶことしかできないとしても、それでもなお、その私たちにいま、神さまは力を与え、希望を与えてくださっていることを信じます。

 

この困難の中でいま、私たちの間に神さまの力が働いてくださっていることを信じ、共に祈り合い、互いに支え合ってゆくことができますようにと願います。