2013年10月13日「すべてが「然り」に」

20131013日花巻教会説教

聖書箇所:コリントの信徒への手紙二11220

「すべてが「然り」に」

 

パウロとコリント教会との間のすれ違い

共に読み進めていますこのコリントの信徒への手紙二は、使徒パウロがコリントに建てられた教会に向けてしるした手紙です。手紙が記されたのは紀元55年くらいですので、今から1950年ほど前に記された手紙ということになります。およそ2000年近く前に記された手紙をいま私たちが目にし、しかも聖書の御言葉として読んでいるというのは、考えてみれば不思議なことです。

 

手紙には当然、差出人と受け取り手の関係性が大きく影響しています。親しい友人へ宛てた手紙と、いまだ会ったことのない人へ宛てた手紙とでは、同じ日に書いた手紙であっても、記す内容や言葉遣いにも近いが出てくることと思います。コリントの信徒への手紙の内容にも、差出人であるパウロと受け取り手であるコリント教会の人々のそのときの関係性が大きく影響しています。当時の両者の関係性や、パウロがそのとき直面していた状況を踏まえることによって、この手紙の内容の理解もまた深めてゆくことができます。ですので少し、この手紙が書かれた背景を、共に確認してみたいと思います。

 

 この手紙が書かれた当時、パウロとコリントの教会の関係性はどのようなものであったでしょうか。一言で言いますと、「関係性が悪くなっていた」ときでした。「関係性が悪い」といっても、お互いに喧嘩をし、いがみあっていた、と言うわけではありません。しかし、さまざまな要因によって互いの意思疎通がうまくいかず、残念なことに、コリント教会の人々の内にパウロに対する誤解や不信感が生じてしまっていたときでした。

 

 パウロはこのときギリシャ南部のコリントではなく、現在のトルコに位置しますエフェソという町にいました。離れた場所におり、直接話し合うことができない状態にあるというのも、そのすれ違いに拍車をかけることになりました。

 

 パウロとコリント教会の人々との関係が悪化した直接的な要因の一つとして考えられるのは、パウロとは異なった信仰の理解をもつ人が教会の中に現れ、影響力を持ち始めた、ということがあります。その人々はパウロとは異なった信仰の理解を主張し、暗にパウロを批判していました。

 その結果、コリント教会のもともとの指導者であったパウロを指示する人々と、パウロを批判する人を指導者として支持する人々とに教会が割れてしまう、ということが起こってしまったようです(コリントの信徒への手紙一111-12節)

 

 このような中にあって、パウロは再びコリントを訪問する計画を立てはじめました。真意を伝えるには、やはり直接会って話をするのが一番です。パウロはコリントを近々訪問する予定であることを、コリント教会の人々に手紙であらかじめ知らせたことでしょう。

 

コリント訪問の延期

 本日の御言葉の15節以下において、パウロはこのコリント行きの計画について触れています。1516節《このような確信に支えられて、わたしは、あなたがたがもう一度恵みを受けるようにと、まずあなたがたのところへ行く計画を立てました。そして、そちらを経由してマケドニア州に赴き、マケドニア州から再びそちらに戻って、ユダヤへ送り出してもらおうと考えたのでした》。

 

しかし、先週も述べましたように、その計画は延期となってしまいました。エフェソで、パウロたちが敵対者たちに捕えられ、投獄されてしまったからです(参照:佐竹明『使徒パウロ 伝道にかけた生涯 新版』、新教出版社、2008年)。計画はいったん中止となってしまいました。コリント教会はパウロ不在の中、さらに混乱した状態に陥ってゆくこととなりました。

 

パウロは「口先だけ」の人?

コリント教会の中には表だってパウロを批判する人も現れ始めました。パウロは手紙では「行く」と言っておいて、実際には「来ない」ではないか。パウロは口で「言っている」ことと、実際に「やっている」ことが、違うではないか。そのように、パウロの人格を批判する人々が現れ始めたのです。

 

コリント教会の人々は、そのときパウロが投獄されているということを知る由もありません。パウロに批判的であった或る人々は、この「パウロの不在」をチャンスとして、意図的にパウロを誹謗中傷し始めたようです。

 

パウロを攻撃する人々の主張は、おそらく次のようなものだったのではないかと考えられます。「パウロは他者から好感をもたれたいがためにその場では『然り(イエス)』と言う。しかし実際にはその言葉どおりに行動しない。つまり、心の内に実際にあるものは『否(ノー)』なのだ。パウロは口では『然り(イエス)』と言い、心の中では『否(ノー)』と言っている。パウロという人は、そのような「口先だけ」の人物である」。 おそらくこのような批判が、教会の内外でなされたのではないでしょうか。もちろん、パウロ本人としては、コリント訪問は「口先だけ」の言葉ではなく、「心から」の言葉であったことでしょう。しかしそのパウロの真意は意図的に見えなくされてしまっていました。

 

教会が揺れ動き、不安を覚える中、幾人もの人がその批判に同調してしまったようです。多くの人の内にパウロに対する不信感が生じてしまいました。

 

意図的にパウロを誹謗中傷しようとした人々は別としても、約束が果たされなかったとき、その相手に対して失望を抱いてしまう、というのは、確かに、私たちの身近なこととしてあると思います。

ある友人が、「遊びに行く」と言ったのに、来ない。こちらとしては、せっかく朝から家中を掃除して、お茶とお菓子の用意もしていたのに……。それが二回続くと相手に対する不信感が湧いてきてしまうでしょう。3回も続くと、「あの人の約束は口先だけだからもう信用しない!」と心がすねてしまうかもしれません。

パウロのこの度のケースでは、「来る」と言っておきながら、肝心なところで「来なかった」のが、大きかったようです。それが多くの人に不信感を与えるきっかけとなりました。

 

パウロは「ノー」が言えない人?

コリント訪問の計画が延期になってしまった件について、続く17節でパウロは次のように記しています。17節《このような計画を立てたのは、軽はずみだったでしょうか。それとも、わたしが計画するのは、人間的な考えによることで、わたしにとって「然り、然り」が同時に「否、否」となるのでしょうか》。

 

パウロはコリントで自分に対してなされている誹謗中傷を伝え聞いていたのでしょう。この度のコリント訪問の計画を立てたのは《軽はずみ》だったのでしょうか、とパウロは問いかけます。もちろん、この文章には「いや、決してそうではない」という意味が込められています。《軽はずみ》という言葉には、「優柔不断」というニュアンスが含まれています。「パウロは優柔不断な人物」だというニュアンスの批判もなされていたのでしょう。

またパウロは、自分が計画することは《人間的な考えによる》のでしょうか、と問いかけます。《人間的な考え》によって計画するとは、ここでは、「相手の求めに合わせて、その場かぎりの対応をする」ということでしょう。パウロは、実際の心の中は「否、否(ノー、ノー)」であるのに、相手の求めに合わせて、口先では「然り、然り(イエス、イエス)」とその場かぎりの対応をしている。パウロが口にする計画というものはみな、その程度のものに過ぎない。――このような批判を伝え聞いたパウロは、「いや、決してそうではないのだ」と弁明を試みています。

 

自分の心は本当のところは「ノー」なのに、口では「イエス」と言ってしまう……。私自身は、自分の中にこのような「弱さ」をもっていると自覚しています。心の中は「ノー」であるのに、相手をがっかりさせたくないがために、無理をしてでも「イエス」と言ってしまう、という弱さです。相手をがっかりさせたくない、ということの背景にはさらに、相手に嫌われたくない、好感をもっていてほしい、という想いが隠れているようにも思います。パウロを批判する人々は、パウロは周囲の人々から好感を得たいがために、「口先だけ」の約束をしているのだと主張していました。私自身は「ノー」がなかなか言えないという「弱さ」を持っていますが、パウロの場合はそうではありませんでした。パウロ自身は好感をもたれたいがために、実現することのない「然り」を口にしていたわけではありません。

 

パウロは自分の潔白を、神さまにかけて誓います。18節《神は真実な方です。だから、あなたがたに向けたわたしたちの言葉は、「然り」であると同時に「否」であるというものではありません》。この度のコリント訪問の件だけに限らず、自分たちがコリントの人々に向けて発した言葉はすべて、「口先だけ」のものではないということを、パウロは神さまに誓って宣言します。

 

神さまの誠実

 そうしていよいよ、手紙におけるパウロの弁明がなされるのですが、それは思いがけない言葉で始まります。

19節《わたしたち、つまり、わたしとシルワノとテモテが、あなたがたの間で宣べ伝えた神の子イエス・キリストは「然り」と同時に「否」となったような方ではありません。この方においては「然り」だけが実現したのです》。

 

コリント訪問がやむを得ず延期になった事情を説明するのではなく、パウロはイエス・キリストについて語ります。神の御子イエス・キリストは、「然り」と同時に「否」である方ではない。この方においては、「然り」だけが実現した。この言葉の意味するところは、続く20節で明らかとなります。20節《神の約束は、ことごとくこの方において「然り」となったからです。それで、わたしたちは神をたたえるため、この方を通して「アーメン」と唱えます》。

パウロはここで、「神さまの約束」について述べようとしていることが分かります。「神さまの約束」は、実際には「否(ノー)」であるけれども、言葉の上でだけ「然り(イエス)」というものではない。神さまの約束は、必ず、そのお言葉どおりに「実現」する。そしてそれは事実、イエス・キリストを通してことごとく「然り」になった。だからこそ、私たちはこのキリストを通して、神さまをたたえて「アーメン(然り、そのとおり)」と声を合わせるのだ、とパウロは語ります。

 

 これが、コリントの人々に対する弁明の言葉です。「自分自身の誠実さ」ではなく「神さまの誠実さ」を語っているので、話の焦点がすり替わってしまっている、と感じる方もいらっしゃるかもしれません。このパウロの弁明は少し唐突な印象を私たちに与えますが、ここには、パウロがコリントの人々に伝えたい大切なメッセージが込められています。

 

 パウロの内にあったのは、自分たちの伝道はこの「神さまの誠実(真実)」にこそ基づいているものだ、という確信でした。神さまの言葉は、「口先だけ」のものでは決してない。その言葉のとおり、ふわさしい時が来た時、それは必ず「実現する」(『然り』となる)。そしてその約束の実現が、イエス・キリストその方である。イエス・キリストを通して、いまや私たちは、神さまの約束が言葉だけのものではないことを決定的に知らされた。神の御子であるイエス・キリストが人となって、事実、私たちのもとへやって来てくださったからである。私たちが耳で聞いて、目で見て、手で触れることができる存在として(ヨハネの手紙一11節)……。パウロの内にあったのは、この確信です。

 

自分たちの伝道の活動は、まさにその「神さまの誠実さ」を土台とするものであり、だからこそ、決して「口先だけ」のものには成り得ないのです。神さまの言葉は、時が来た時、必ず実現します。イエス・キリストを通した「神さまの約束への誠実さ」へこそ、私たちは目を向けるべきだ、というのがパウロが伝えたいことでした。

 

神さまの大いなる「然り」

コリント教会の人々は、パウロが「来る」と約束しておいていまだその約束を果たしていない、という点ばかりに目を向け、批判をしていました。しかし、もっと大きな「神さまの約束への誠実さ」をこそ見つめ、それを共に信頼する姿勢を取り戻したい、というのがパウロの想いでした。

 

教会の働きというものは、私たちの目から見ると、「成功」しているとは思えないことが多いものです。なかなか目に見える成果が得られない。その意味で、「失敗」を繰り返しているのではないか、という風にも思えます。しかし、私たちの目から見た「成功」や「失敗」ではなく、「神さまの約束」の視点からそれらを見直した時、また異なって新しく見えてくることがあります。私たちのささやかな働きも、約束通り実現される「神さまの誠実さ」に結び付けられているものです。その意味で、「成功」や「失敗」ということ自体が、私たちの働きには本来は存在しない、と考えることができます。そこにあるのは、ただ、大いなる「然り」です。神さまによるその大いなる「然り」――その「然り」に向けて、少しずつ、しかし確かに前進し続けているのが、私たち教会の営みです。

 

パウロが立てたコリント訪問も、やむを得ない事情によって「延期」となってしまいました。私たち人間の目から見ると、コリント訪問の計画自体が「失敗」に終わったように見えるかもしれません。けれども、それは「延期」となっただけで、完全に「中止」となったわけではありません。いまもその計画は続いています。パウロのコリント訪問は、もっと大きな「神さまご自身の計画」の内の、小さな一部分です。

 

神さまから与えられた「まごころ」によって

 パウロは、冒頭の12節で、次のように述べていました。12節《わたしたちは世の中で、とりわけあなたがたに対して、人間の知恵によってではなく、神から受けた純真と誠実によって、神の恵みの下に行動してきました。このことは、良心も証しするところで、わたしたちの誇りです》。

 この中に、《神から受けた純真と誠実によって》という言葉があります。これは別の言葉で言い換えますと、「神さまから与えられた『まごころ』と『誠実さ』によって」ということができるのではないかと思います。

 

「まごころ」――それは「嘘偽りのない心」であり、「真実の心」を意味します。心のもっとも深いところにある気持ちであり、心の最も深いところに灯された「願い」です。「口先だけ」のその場かぎりの気持ちと正反対であるものが「まごころ」です。

私たちの言葉が嘘偽りがないとき、それはその言葉が「まごころ」から発されているからです。「まごころ」から生じた想いや言葉は、必ず具体的なかたちを取り、実現に向けて働き始めます。たとえ長い時間がかかっても、まごころから生じた言葉は、必ずその役割を果たしてゆくことでしょう。

 

パウロは、心の深くに宿されたこの「まごころ」を、他ならぬ神さまから授かったものとして受け止めていました。「神さまの誠実さ」が、私たちの内にも「まごころ」として宿されているのだ、とパウロは考えていたのです。

 

神さまが必ず約束を誠実に果たされるのは、神さまが私たちを心から、愛してくださっているからです。神さまの誠実さは、この「愛」から生じています。パウロは自身、この「神さまの愛」に基づいた「まごころ」に従って生きてゆきたいと願っていたのでしょう。コリント教会に対するパウロの想いは「口先だけ」のものでは決してなく、この「まごころ」から出た言葉であったのです。

 

 私たち一人ひとりの心にもまた、神さまから分け与えられた「まごころ」が宿されています。日々の忙しさの中で、私たちはときにそのまごころを見失ってしまっていることもあります。けれども確かに、私たちの心の深くには、神さまからのまごころが与えられています。どうぞ、ここに集められた私たち一人ひとりが、このまごころからこそ言葉を発し、そして行動をしてゆくことができますように願います。私たちがこのまごころをより深く理解し、この神さまからのまごころに根ざして、共に歩んでゆくことができますように。