2013年10月6日「いのちの神に希望をかけて」

2013106日花巻教会説教

聖書箇所:コリントの信徒への手紙二1811

「いのちの神に希望をかけて」

 

信仰理解の異なる人々の出現

9月から、コリントの信徒への手紙二を共に読み進めています。手紙の宛先であるコリントは、ギリシャの南に位置する都市で、当時アカイア州と呼ばれたローマの属州の首都であったところです。このコリントの地にキリストの教会を建てるために尽力したのが、この手紙の著者である使徒パウロでした。コリントの教会は、パウロが生前もっとも深く関わった教会の一つであるということができます。

 

パウロがこの手紙を記した当時、このコリントの教会は、ひどく混乱した状態にあったようです。指導的役割を果たしていたパウロとは異なった信仰の理解をする人々が、教会の中に現れはじめていたのです。その人々がパウロとは異なった信仰を主張することによって、教会は揺れ動き始めていました。コリントの教会において、パウロが本来伝えたかったこと、その真意が見失われつつある状態であったようです。

 

パウロと異なった信仰の理解をする人々が、具体的にどのような主張をしていたのかははっきりとは分かりません。パウロの手紙から察することができるのは、その人々は、信仰において「強さ」や「完全さ」を大切する人々であった、ということです。個々人の信仰の強さ、人格の高さ、賢さ、学識の豊かさ、また奇跡などを起こす霊的な能力の高さなどを重視する人々であったようです。

もちろん、私たちが自分自身を磨き、自分を高めてゆくということは大切なことです。ただ、そこに重点を置き過ぎると、大切なことが抜け落ちて行ってしまうことがあるのではないでしょうか。

対照的に、パウロ自身が大切にしようとしていたのは、「弱さ」でした。弱さこそ、私たち信仰者にとって重要なものであると捉えていたのです。

 

「強さ」と「弱さ」

私たちは普段、「弱さ」という言葉を、ネガティブな意味を使っていることが多いのではないかと思います。たとえば「意思が弱い」という言葉には、否定的なニュアンスが含まれています。対して、「強い」という言葉は、ポジティブな意味を伴って使われることが多いのではないでしょうか。「意思が強い」という言葉には通常、肯定的なニュアンスが含まれています。「強い」ということは価値のあることである、というのは当時のコリントにおいても同様でした。あらゆることに関して、「強い」ということは価値あることであったのです。

 

パウロの主張は、それら当時の当然とされていた価値観に、真っ向から対立し、挑戦するものでした。私たちキリスト者には、「強さ」ではなく、むしろ私たちの「弱さ」こそが重要である、とパウロは考えていました。

 ですのでコリントの地においては、パウロの考えの方がむしろ異質なものでありました。当然、パウロの言葉を教会の中でも理解できない人々がいたことと思います。パウロがコリントの教会を旅立ってからしばらくして、もともと潜んでいたその考え方の違いがだんだんと浮上してくることとなりました。コリントの地にもともとあった「強さ」や「賢さ」を重視するものの見方と、パウロが新しく伝えた「弱さ」を大切にするものの見方の衝突が、いよいよ目に見えるかたちで浮上してきたのです。

 

コリント訪問の頓挫

 コリントの教会が揺れているとの知らせを受けて、パウロは改めて、コリント教会を訪問し、自分の真意を伝えたいと思ったことでしょう。パウロはそのときギリシャにではなく、ギリシャからは離れた、現在のトルコにあるエフェソという町にいました。一刻も早く再びコリントの教会を訪問して、直接人々に会って自分の真意を改めて伝えたいと思ったことと思います。

 

真意が伝わらないこと、また真意が誤解されることは、私たちにとって、まことに辛いことです。このようなことがあったとき、私たちは夜なかなか寝付けないほど気がかかりになってしまいます。パウロもまたそうであったでしょう。何とかしてコリントの教会の訪問を実現して、真意を伝えたいと思った。そのための具体的な旅行の計画も立てはじめていました。しかしそのような肝心な時に、パウロは何らかの「困難」に遭遇して、コリントを訪問することが不可能となってしまったようです。

 

パウロが遭遇したその「困難」が、具体的にどのようなものであったかは分かりませんが、相当厳しい状況であったようです。その苦しみの経験について触れているのが、本日の聖書箇所の部分です。8節《兄弟たち、アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知っていてほしい。わたしたちは耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました》。

 

 その困難な状況は数か月ほど続いたようです。最終的にはパウロはその厳しい状況から抜け出し、再びエフェソの自分の拠点に戻ることができました。しかし、コリントの教会を訪問するという肝心の計画は、大幅に遅れてしまいました。コリントの教会に向けて、とりあえず、手紙でだけでも自分の真意を伝えておきたいと書かれたのが、いま私たちが読んでいるコリントの信徒への手紙二の1章の部分です。

 

大きな困難の中で

パウロが遭遇した困難がどのようなものであったかはっきりとは分かりませんが、そのときパウロは牢屋に投獄されたのではないかと推測する人がいます(参照:佐竹明『使徒パウロ 伝道にかけた生涯 新版』、新教出版社、2008年)。敵対者によって捕えられ、牢屋に閉じ込められてしまった、という解釈です。ここでは私も、その解釈をとりたいと思います。

 

その牢獄での監禁生活は相当過酷なものであったようで、パウロ自身、《生きる望み》を失ってしまうほどであったようです。牢獄での監禁生活というのは、私たちの想像を絶するほど過酷なものであるでしょう。鞭打たれ、背中の皮膚が裂けてしまうこともあったことと思います。簡素な食事しか与えられず、激しい空腹や渇きを覚えていたことでしょうし、また堅い床の上で、痛む体もなかなか休まらなかったことでしょう(コリントの信徒への手紙二65節)。そのような環境にあっては、誰でも否定的な想いに囚われ、望みを失ってしまいかねないものです。パウロはそのときの心境を、率直に書き記しています。

8節《兄弟たち、アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知っていてほしい。わたしたちは耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました》。

 

 このパウロの《生きる望みさえ失ってしまいました》という言葉は、受け止め方によっては、衝撃的な言葉です。教会の指導的役割にある人がこのように、「大きな困難の中で、自分は望みを失ってしまった」と言っているのです。とても正直な言葉であるということができますが、教会のリーダーがそんなに正直に打ち明けてしまって大丈夫なのだろうか?という気もします。「どんな困難の中でも、自分は望みを失わなかった」と言えば、立派だし、指導者としての面目を保つことが出来たことでしょう。受け止め方によっては「かっこ悪い」このような自分の経験を、《ぜひ知っていてほしい》と強調しているのだから、不思議です。

しかしこれらの言葉の中にこそ、パウロの真意が込められています。

 

キリストの十字架の死の「追体験」

ここで率直に示されているのは、スーパーマンのようなパウロではありません。どんなことがあっても望みを失わない、「強い」信仰をもったパウロでもありません。信仰者として「強さ」や「完全さ」をもった指導者像とはむしろ正反対のものです。示されているのは、大きな困難を前に、「もう駄目だ」と思ってしまい、ついには生きる望みさえ失ってしまうような「弱い」パウロの姿です。

パウロは続けて記します。9節《わたしたちとしては死の宣告を受けた思いでした》。これは実際に「死刑」の宣告を受けたのではなく、パウロ自身がまさに「死の淵に直面したように感じた」ということでしょう。

 

牢獄の中で、パウロは、まさに《自分を頼りにすること》ができない状態となりました。いまパウロは、自分の力では何一つ、現状を動かすことができない状態です。どれだけ知恵があっても、腕力があっても、牢獄につながれたこの監禁状態から自らを救い出すことができません。またこのような中で、パウロ自身、肝心の《生きる望み》を失ってしまっている状態です。どんなことがあってもあきらめないという「強い」意志は失われてしまっています。パウロはいままさに、力のない、「弱い」存在となっています。

 

牢獄に監禁されるという出来事を通してパウロに経験された出来事とは、イエス・キリストの十字架の死の「追体験」であったのではないかと思います。パウロはこのとき、牢獄の暗闇の中で、イエス・キリストの十字架の苦しみと死を追体験したのではないでしょうか。

 

もちろん、パウロ自身は最終的には命を救われました。イエス・キリストのように現実に十字架の死を経験したわけではありませんので、それはあくまで、「追体験」にすぎません。パウロが経験したよりもはるかに徹底したかたちで、イエス・キリストはまったく「弱い」存在となってくださり、現実に死を経験されました。

 

キリストとの「絆」

主イエスはその受難の道において、ローマの兵士によって鞭打たれながら、十字架の木を担がされ、ゴルゴダの丘へ向かって歩いてゆかれました。そして、両手首足首を十字架の木にくぎ付けにされ、身動きもとれない、まったく「無力」な状態になられました。この苦しみの道において、もはや主イエスは奇跡をご自分に対して行うことはなさいませんでした。「神の子」である方が、人類の「救い主」であるはずの方が、そのようなまったく「弱い」存在となられました。

 

「弱さ」と「不完全さ」の極まった状態で、ついに主イエスは《生きる望み》をも失い、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫んで亡くなられました(マルコによる福音書1534節)。それが、神の御子イエス・キリストの最期でした。

 

 このイエス・キリストの姿こそ、私たちにとって衝撃的です。大いなる力があるはずの救い主が、このように「弱さ」の中で死を遂げられた。コリント教会において、パウロと異なった信仰の理解をもつ人々が何より受け入れることができなかったのが、この十字架での主の姿であったのではないでしょうか。「そんなことはあり得ない!」という気持ちであったのでしょう。自分たちが信じたいのは力ある、栄光にあふれた救い主キリストであって、十字架の上でそのように力なく死んでゆく存在ではない、と。

 パウロと異なった信仰の理解をもつ人々からすっぽりと抜け落ちていたもの、それは「十字架におかかりになったキリスト」でした。

 

 なぜキリストは、このように十字架の上で、徹底的に無力な存在となってくださったのでしょうか。

そこには言葉にし尽すことのできない深い意味があることと思います。それは本来、私たちの言葉を超えたものでありますが、その大いなる意味の中から、ひとつの大切な事柄を取り出すと、次のことが言えるのではないかと思います。

 それは、キリストはこのように徹底的に無力な存在になってくださることによって、どんなことによっても切り離されることのない「絆」を、私たちと結んでくださった、ということです。キリストご自身がもっとも小さな者となってくださることによって、小さな者として生きざるを得ない私たち一人ひとりと、絆を結んでくださった。ご自身が《生きる望み》を失って死なれたことによって、いま失意の淵にいる者と、絆を結んでくださっているのです。

私たちキリスト者とは、この十字架のキリストと結ばれた、離されることのない「絆」を知らされている者です。

 

それは象徴的な表現で申しますと、「キリストと共に十字架につけられる」という経験です(ガラテヤの信徒への手紙219節)。イエス・キリストと一心同体になって、無力な者となり、十字架につけられる。その苦しみは確かに大変な苦しみとしてありますが、イエス・キリストと結ばれているという現実は、私たちに大きな慰めを与えます。私たちがどんなときにあっても、たとえ私たち自身が「信仰」を失い、生きる望みを失ってしまっても、キリストが結んでくださった「絆」は消え去ることはありません。これが聖書が証する、キリスト者の慰めです。

 

永遠の命にもまた結ばれて

 と同時に、イエス・キリストの道はそれで終わりではありません。ただ苦しみの道、悲しみの道で終わるのではありません。十字架の上で死なれたキリストは、三日後に、神の力によってよみがえられました。キリストが死から復活されたように、キリストに結ばれた者たちもまた、復活の命の中に立ちあがらされる――これが、キリストとの絆が私たちの約束するもう一つの事柄――“永遠の命”です。聖書は、この希望をも記しています。

 

 パウロは十字架のキリストとの絆を深く感じながら、同時に、よみがえられたキリストの新しい「命」の力をも、確かに受け取り始めたのでしょう。9節の後半で、パウロはこのように記します。《それで、死者を復活させてくださる神を頼りにするようになりました》。

自身の内に働き始める新しい「命」の力を感じ始めたパウロは、確信をもって、次のように記します。10節《神は、これほど大きな死の危険からわたしたちを救ってくださったし、また救ってくださることでしょう。これからも救ってくださるにちがいないと、わたしたちは神に希望をかけています》。

キリストの「弱さ」に結ばれた者は、またキリストの「命」にも結ばれる。これが、この度の困難を通して、パウロが経験した事柄でした。

 

神さまの「命」は、私たちの「弱さ」を通してこそ、働きはじめます(コリントの信徒への手紙二412節)。私たちは自分の「強さ」によって生きているのではなく、私たちの内の「弱さ」に働く神の力によって生かされています。だから私たちは、「弱いときにこそ、強い」(コリントの信徒への手紙二1210節)のです。私たちの「弱さ」を通してこそ、神さまの命の力が十分に、働いているからです。

 

私たちは「弱いときにこそ、強い」

最後にパウロは、コリントの教会の人々に、自分たちのために祈ってほしい、と頼みます。11節《あなたがたも祈りで援助してください。そうすれば、多くの人のお陰でわたしたちに与えられた恵みについて、多くの人々がわたしたちのために感謝をささげてくれるようになるのです》。

 

祈りの力もまた、私たちの「弱さ」の中でこそ働くものです。私たちは自分の祈りによってではなく、周りの人々の祈りによって支えられています。自分を超えた、大いなる祈りが自分を包んでいる。それら祈りによって自分は支えられ、生かされているのというのが、私たちの世界の“まことの現実”でありましょう。

 

この認識が、獄中のパウロを支えたもうひとつの力だったのではないでしょうか。暗い牢獄の中で、多くに人々によって「自分は祈られている」という感覚を、ありありと感じた瞬間もあったかもしれません。パウロは自らの「弱さ」の中で、いま幾つもの教会で自分の為に祈ってくれている人々の姿を、その愛を感じ取ったのでしょう。

 

私たちのその「弱さ」の中で働いているもうひとつのもの、それは祈りであり、愛です。十字架におかかりになったキリストの「弱さ」の中にまったきかたちで働いているものこそ、神さまの愛でした。

だから私たちは「弱いときにこそ、強い」(コリントの信徒への手紙二1210節)と言うことができます。私たちの「弱さ」の中にこそ、神さまの愛が力強く働き、私たちを結び合わせる絆となってくださるからです(コロサイの信徒への手紙314節)