2015年12月27日「ナルドの香油」

20151227日 聖書箇所:マルコによる福音書1419

「ナルドの香油」

 

 

石の飼い葉桶と石の墓穴

 

クリスマスを迎え、私たちは降誕節の中を歩み始めました。先週の20日にはクリスマス礼拝をささげ、24日にはイブ礼拝をおささげしました。

 

イブ礼拝ではごいっしょにルカによる福音書のイエス・キリストの誕生の場面を読みました。家畜小屋でお生まれになった主イエスが、飼い葉桶に寝かせられたという場面ですね。

私たちは「飼い葉桶」というと、木製のものをイメージしますが、当時の飼い葉桶は石で造られたものであったであろうということをお話ししました。石灰岩などのやわらかい石を長方形に切りとり、真ん中をくりぬいて、当時は飼い葉桶として用いていたのではないかと考えられます。

 

硬く、冷たい石の飼い葉桶――。布にくるまれた赤ん坊のイエス・キリストが横たわるこの石の飼い葉桶は、石の墓穴を想い起こさせるものです。当時のお墓は、岩壁を削って造られた洞窟のようなものでした。 石灰岩の岩肌を削って横穴式の石室をつくり、石室の地面を長方形にくりぬいて墓穴としていたのですね。イエス・キリストも十字架刑によって亡くなった後、布にくるまれ、石の墓穴に横たえられたことを福音書は記しています。

 

クリスマスの夜、布にくるまれて石の飼い葉桶に横たわる赤ん坊のイエス・キリスト。そして、十字架から降ろされ、布にくるまれて石の墓穴に横たわるイエス・キリスト。ルカによる福音書においてこの二つの主のお姿は一つに結び合わされています。

 

それはまず私たちに、死の現実を指し示します。イエス・キリストも私たちとまったく同様に、死を経験し、暗い墓穴の中にその身を横たえられました。しかし、墓穴に身を横たえるそのお姿は、死を通り過ぎて与えられる復活の光をも指し示しています。主イエスは十字架によって亡くなられた三日目に、よみがえられました。暗い墓穴から身を起こされました。

 

布にくるまれ石の飼い葉桶に眠る御子のお姿は、私たちに復活の命の光をこそ指し示して下さっています。これがクリスマスの夜、私たちの世界にともされた光であり、復活の命の光です。

 

 

 

「塗油」という大切な慣習

 

いま、当時のイスラエルの埋葬の仕方について述べましたが、埋葬の際、最後に行われる大切な慣習がありました。「塗油(ご遺体に香油を塗る)」という慣習です。

 

 日本では火葬が一般的ですが、当時のイスラエルは遺体は布にくるんでそのまま墓に納めるという仕方が一般的でした。その際、香油が重要な働きを果たしていたのですね。良い香りのする香油を塗り、香料を添えて布で遺体を包むことは、遺体を清潔に保つと共に、遺体から生じる匂いを消すという意味合いをもっていました。またそして、亡くなった人の体を良い香りで覆ってあげることは、残された人々の愛情の表現、哀惜の表現の一つでした。愛する人の体に香油を塗るのは、埋葬の儀式を締めくくる最も大切な時間であったであろうと思います。

 

遺体に香油を塗るのは、イスラエルでは女性たちの仕事とされていました。死者に触れると「ケガレ」を身に帯びると当時は考えられていましたので、それを女性だけの仕事にさせていたというのは現代の視点からすると問題があります。

 

 マルコによる福音書の主イエスの埋葬の場面を読みますと、女性の弟子たちは主イエスのご遺体に香油を塗ることができなかった、ということが分かります(マルコによる福音書144247節)。アリマタヤのヨセフという人物が主イエスのご遺体を引き取とったのですが、労働を禁じる安息日が近づいており、急いで葬る必要があったのです。香油を塗る時間は残されていませんでした。

 

埋葬に立ち会った女性たちにとって、愛する主イエスのお体に香油を塗ってさしあげることができなかったことは、大きな心残りになったことでしょう。女性たちは、葬りにおいて最も大切な時間をもつことができなかったのです。無残に傷ついた主イエスのお体をせめて、香油で包んでさしあげたいと思ったことでしょうが、それが適わなかった。激しく後ろ髪ひかれる想いで、女性たちはお墓を後にしたことと思います。

 

 女性たちは安息日が終わるのを今か今かと待っていたことでしょう。安息日が終わった日の早朝に、女性たちは香油を買って急いでお墓に向かいました。復活の日の朝のことでした。そこで女性たちが目にしたのは、空になっているお墓でした。

 

 

 

ナルドの香油

 

 マルコによる福音書においては、女性たちは主イエスのご遺体に香油を塗ることはできなかった、ということになります。女性たちの願いは適わなかったわけですが、しかし、マルコによる福音書は、一人の女性が事前に、主のお体に香油を塗っていたことを語っています。イエス・キリストの死の数日前に、あらかじめ埋葬の準備をしてくれていたのだ、と。そのことが語られているのが、本日の聖書箇所です。

 

 冒頭には、祭司長たちや律法学者たちが主イエスを殺す計略を立てている様子が記されています。マルコによる福音書1412節《さて、過越祭と除酵祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、なんとか計略を用いてイエスを捕らえて殺そうと考えていた。/彼らは、「民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこう」と言っていた》。いよいよ、主イエスの十字架の死が目の前に迫って来ていることが分かります。死が間近に迫っている状況の中、油注ぎの場面が記されてゆきます。34節《イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた》。

 

その日、主イエスと弟子たちはベタニアで、重い皮膚病のシモンという人の家で食事をしておられました。その食事の最中に、一人の女性が非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油を主イエスの頭に注ぎかけました。部屋いっぱいに、香油の香りが広がったことでしょう。

 

 ナルドの香油とは、甘松という植物の根から抽出する、ヒマラヤ原産の油です。当時イスラエルでは非常に高価なものであったそうで、女性が用いた油は、三百デナリオンもの値打ちがあったと記されています。当時、三百デナリオンは、日雇い労働者のほぼ一年分の賃金に相当する値段ですL・ウィリアムソン『現代聖書注解 マルコによる福音書』、394頁)。私はこのナルドの香りを嗅いだことはありませんが、《地に足をつけるような土や草木を想わせるどっしりとした香り》であるそうです(『信徒の友 20156月号』4445頁、坂口聖子氏「キリスト教と香りの世界」より)

 

女性がどのような想いで壺を壊し、主イエスの頭に香油を注ぎかけたかは本日の聖書箇所には記されていません。直感的に主イエスに死が迫っていることを予感していたのでしょうか。主イエスの深い悲しみを感じ取ったのでしょうか。それは理屈ではなく、突き詰めてゆくと女性自身も「そうせずにはおられなかったからそうしたのだ」としか言えなかったかもしれません。愛する人が苦しんでいる様子を見て、その人のもとへ走り出さずにはいられないように。主イエスの苦しみを前に、女性も共に苦しんでいました。

 

 

 

苦しみを共にすること

 

男性の弟子たちは女性の行為を理解できず、高価な香油の「無駄遣い」だとして憤慨しました。45節《そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。「なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。/この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」そして、彼女を厳しくとがめた》。

 

確かに、貧しい人びとを支援することは大切なことです。しかし男性の弟子たちはここで本当に貧しい人びとのことを思ってこのようなことを言ったのかというとそうではないでしょう。高価な香油を無駄にしてもったいないという想いが強かったのではないでしょうか。

 

主イエスがこれまで弟子たちに伝えてきたこと、それは貧しい人々と「共に苦しむ」という姿勢でありました。主イエスは貧しい人々、社会の隅に追いやられている人々を自らお訪ねになり、彼らを《深く憐れんで》、手を差し伸べてくださいました。

 

たとえば、主イエスが重い皮膚病を患っている人を癒した場面を想い起こしてみたいと思います。重い皮膚病を患う人は、当時、イスラエル社会から理不尽な差別を受け、共同体の外に追いやられていました。《さて、重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。/イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、/たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった》(マルコによる福音書14042節)

 

《深く憐れんで》と訳されている語は原語のギリシャ語で「スプランクニゾマイ」と言います。名詞の「スプランクノン」は「内臓、はらわた、子宮」を意味する言葉です(参照:荒井献氏『イエスと出会う』、136150頁)。このニュアンスを生かし、ある翻訳はこの部分を《腸(はらわた)がちぎれる想いに駆られ》(岩波訳)と訳しています。主イエスはこの男性の苦しみを、すべて「自分のこととして」受け止めてくださいました。私たちは病いが癒された奇跡に注意を向けがちですが、奇跡が起こる前に、主イエスが男性の苦しみを自分の苦しみとして受け止めて下さった、というところが根本的に重要な部分なのではないかと思います。苦しみを共にすることを通して、主イエスは男性に救いと癒しをもたらしてくださったのです。本日の出来事の舞台となっているのが《重い皮膚病の人シモンの家》であったと記されている3節)のも、意味深いものを感じます。

 

本日の出来事において今まで異なっているのは、この日、主イエスの方が深い憐れみを注がれることになった、ということです。今まで、人々に無償の愛を注ぎ続けてきた主イエスですが、その日は主イエスの方が、一人の女性から無償の愛を注がれました。主イエスの苦しみを、女性は「はらわたがちぎれる想い」で共にしたのです。壺から溢れ出るナルドの香油は、女性自身から溢れ出た無償の愛を表わしています。

 

死を前にした主イエスは、この女性の愛から、深い慰めを受けられたことでしょう。その愛は主イエスの傷ついた心と体とを包み込んでゆきました。一方で、この女性とは対照的に、男性の弟子たちは主イエスの苦しみを共にすることはできませんでした。主イエスはこの女性の行為に対し、最大限の賛辞を述べられました。69《イエスは言われた。「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。/貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。/この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。/はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」》。

 

 

 

私たち自身のナルドの香油を注ぎ出す

 

主イエスにナルドの香油を注いだ女性の名前は、本日の聖書箇所には記されていません。名前も知られていないこの女性は、マルコによる福音書においては、主イエスのご遺体に香油を塗ることが適わなかった女性の一人として受け取ることができるのではないかと思います。母マリア、マグダラのマリア、そのほかの女性の弟子たちです。彼女たちは主イエスの埋葬の際に香油を塗ることはできませんでしたが、死の数日前、主イエスに無償の愛を注ぐことを通して、埋葬の準備をすることができていたのです。主イエスはそのことを深い感謝をもって受け止めて下さっていました。

 

復活の日曜日の朝、そのことがいまだ理解できていないマリアたちは、新しい香油を手に墓まで急ぎました。しかしそこにあったのは空になった墓でした。墓の中にいた天使はマリアたちに主イエスが復活されたことを告げます。そしてよみがえられた主イエスが先にガリラヤに行かれることを告げます。ガリラヤは、主イエスが生前、苦しむ人々と苦しみを共にしてくださった場所です。復活された主イエスは再びそこに向かわれたのです。

 

マリアたちもまた再びガリラヤへ向かったでしょう。復活の光に照らされながら、手に新しい香油を携えて。主イエスは、マリアたちが今度はその愛を、いま苦しみ悲しんでいる人々に注いでゆくことを望まれました。そしてマリアたちが愛を注ぐところ、そこによみがえられた主イエスは共におられます。マリアたちは、復活したキリストと「共に生きる」という、新しい生き方を与えられてゆきました。

 

復活の主イエスは、私たち一人ひとりが、自身のナルドの香油を注ぎ出すようにと招いておられます。私たちが自分自身の香油を、主に対して、隣人に対して、精一杯注ぎ出してゆくことができますようにと願います。