2015年8月16日「神殿でのきよめ」

2015816日 聖書箇所:マルコによる福音書111519

 

「神殿でのきよめ」

 


神殿でのきよめ

 

 本日の聖書箇所は、イエス・キリストが神殿で両替人の台や商人のイスをひっくり返されたという、いわゆる「宮きよめ」と呼ばれる出来事です。イエス・キリストがこのように大きなアクションをなされたことを記しているのはこの出来事だけでしょう。

 

 読み方によっては、主イエスが怒りのあまり我を忘れて「暴れた」(!?)とも読める箇所です。しかしそのような姿というのは、徹底した「非暴力」を説く主イエスのメッセージというのは異なるものです。本日の箇所から、主イエスが変革のための暴力行為を肯定されていた、と読み取るべきではないでしょう。暴力的な行為としてこの行為がなされたのではなく、あくまで象徴的な行為として、これら一連の行為をなされた、と受けとめることができます。これら一連の動作を通して、主イエスには伝えたいメッセージがあったのです。

 

 

 

エルサレム神殿とその幾重もの「壁」

 

 本日の出来事の舞台になっているのはエルサレムの中心にある、エルサレム神殿です。このエルサレム神殿は、現在はもう存在していません。紀元70年、ユダヤ戦争の際に神殿はローマ軍によって破壊されてしまいました。神殿の西側の外壁は、有名な「嘆きの壁」として残っています。

 

 主イエスがエルサレムにやってきたときは、まだ神殿は存在していました。紀元前20年にヘロデ大王による大規模な修繕と拡張工事が始められており、神殿はいっそう壮麗な姿を見せていたことでしょう。

 

 当時、神殿の外側は、防御のための高い「壁」で囲まれていました。ヘロデ王による拡張工事によって造られた石垣です。その外壁の一部として残っているのが、現在の「嘆きの壁」です。

 

 神殿の門をくぐると、まず「異邦人の庭」と呼ばれる広い外庭がありました。「異邦人の庭」はユダヤ教徒のみならず、外国の人々も入ることができました。ここで巡礼者を対象とした犠牲の献げ物の売り買いやお金の両替がなされていました。そこは大勢の人々で賑わっていたことでしょう。主イエスが「宮きよめ」をなされたのもこの「異邦人の庭」においてであると考えられます。

 

この異邦人の庭から2.4メートル高くなった「婦人の庭」と呼ばれる回廊には、外国の人々は入ることはゆるされていませんでした。イスラエル民族と他の民族との間に、はっきりとした線が引かれていたのです。その境目には看板が立てられ、「異邦人であってその垣を超えるものは死をもって罰せられる」と記されていたそうです(参照:『新共同訳 聖書辞典』)。そこには目には見えない、高い「壁」がありました。

 

「婦人の庭」からさらに内側の「イスラエル人の庭」には、ユダヤ教徒の男性しか入ることはゆるされていませんでした。女性は入ることはできず、また病いや障がいをもっている人も入ることはできませんでした。ここにもまた、目には見えない、高い「壁」があります。

 男性しか入ることができない「イスラエル人の庭」のさらに内側には「聖職者の庭」があり、そこには祭司たちしか入ることがゆるされていませんでした。ここにも「壁」があります。

さらにその奥の神殿の「至聖所」には、大祭司と呼ばれるユダヤ教のトップの人物しか入ることができませんでした。この至聖所に、神ご自身が現臨されると考えられていました。

 

 

 

「壁」を打ち砕こうとしてくださった主イエス

 

 このように、当時のエルサレム神殿には、目には見えない幾重もの「壁」が張り巡らされていたことが分かります。そしてそれは、当時のイスラエル社会の構造そのものを、象徴的に表わしている、ということができるでしょう。

 

 当時のイスラエル社会は、幾重にも「壁」が造られた構造になっていました。ユダヤ教徒とそうではない人々との間の「壁」。男性と女性との間の「壁」。健康な人と、病いや障がいをもっている人との間の「壁」。一般の信徒と聖職者との間の「壁」。そしてそこには明確な上下関係、ピラミッドのような上下の構造がありました。

 

 これら区別は、「差別」と言わざるを得ない部分があります。生まれや性別、病い、職業など、本人には責任がない部分をもって、差別がなされていたのです。

 

当時の人々は、それが「当たり前」であると考えていたかもしれません。これが現実なのだからとあきらめていたかもしれません。けれども、主イエスは違いました。主イエスはエルサレム神殿の境内に入られた時、この幾重もの、目には見えない「壁」の存在を悲しまれ、憤られたのではないかと想像します。主イエスはこれら人間が作り出した「壁」が「おかしい」とお考えになり、そして私たち人間の間に張り巡らされているこれらの「壁」を打ち砕こうとしてくださったのです。なぜなら、神さまの目から見て、一人ひとりが等しく、貴い存在であるからです。

 

 

 

すべての人の祈りの家に

 

私たち一人ひとりは、等しく、神に愛された人間である。民族を問わず、宗教を問わず、性別を問わず、体の状態を問わず、職業を問わず。主イエスはその真理に固く立って、神殿の在り方と当時のイスラエルの社会の在り方そのものに、「否」を唱えてくださいました。

 

主イエスの憤りは、次の言葉に凝縮して表わされています。17節《わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである》。この言葉は旧約聖書のイザヤ書に記された神さまの言葉の引用です。《わたしの家》、すなわち神殿は、すべての民族の人の祈りの家と呼ばれるべきである。

 

神さまの神殿は、イスラエル民族だけに独占されるものではない。外国の人々にとっても、また女性にとっても、病い、障がいをもっている人にとっても、等しく祈りの家となるべきである。主イエスはそうはっきりと宣言してくださいました。

 

 

 

民衆を搾取する経済のシステム ~エルサレム神殿を中心として

 

 神殿を訪れて、もう一つ、主イエスが悲しまれ、憤られたことがありました。それは、神殿の内側にいる指導者たちが、巡礼に来る民衆から金銭を搾取して多大な利益を得ている現状でした。

 

 先ほど、「異邦人の庭」と呼ばれる広い外庭には巡礼者を対象とした犠牲の献げ物の売り買いやお金の両替がなされていた、ということを述べました。

 巡礼者は犠牲の献げ物を購入し、それを神殿に献げるということをしました。神さまに犠牲の献げ物をするということ自体は律法に記されている大切な掟でした。問題は、当時の宗教的・政治的な指導者たちが、犠牲の献げ物の売り買いを通して、莫大な利益を上げていた、という点でした。神殿のシステムを利用して、自分たちの利益を求めてしまっていたのです。

 

 犠牲の献げ物をささげることはユダヤ教徒の務めとされていましたので、経済的に困窮している人々も、無理をして犠牲の動物を購入していました。購入する際には神殿でのみ通用する硬貨にお金を両替しなければなりませんでしたが、その際も手数料を取られたようです。

 

 つまり、すべての人にとっての祈りの家であるはずの神殿が、民衆から財産を搾取する場となっていたのです。そしてその神殿の現状もまた、イスラエル社会そのものの在り様を象徴していました。当時のイスラエルの社会の構造全体が、そのように民衆から不当な搾取をくり返す構造となってしまっていました。当時のイスラエルの人々には、何重もの税が課されていたそうです。貧しい者はますます貧しくなり、富める者はますます豊かになってゆく。その不条理なシステムの中心にあるのが、エルサレム神殿でした。その状態を深く悲しまれ、主イエスは《ところが、あなたたちは、それを強盗の巣にしてしまった》(17節)とおっしゃいました。

 

 

 

はっきりとした「否」と、その行動

 

 そうして主イエスが起こされたのが、あの行動でした。1516節《イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返された。/また、境内を通って物を運ぶこともお許しにならなかった》

 

 これは、当時のエルサレム神殿を中心とする不当な搾取の構造に対する「否」を、象徴的に表わした行動であると受け止めることができます。主イエスの行動は、不正なシステムを「止める」、もしくは社会の構造を文字通り「ひっくり返す」という意思表示でありました。

 

 もちろん、境内にいる人々は何事かと主イエスに注目したことでしょう。主イエスは人々におっしゃいました。17節《そして、人々に教えて言われた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。』ところが、あなたたちは、それを強盗の巣にしてしまった。」》。

 

 人々は皆、その教えに打たれた、と福音書は記しています(18節)。人々は主イエスの象徴的な行動に憤ったというより、むしろ、心を打たれたのです。主イエスの言葉は、多くの人々の心の底に埋もれていた願いに共鳴するものであったのでしょう。人々の心の奥に埋もれていた願い、それを「個人の尊厳への願い」と表現したいと思います。「一人ひとりが、かけがえのない存在として尊ばれること」への願いです。

 

 

 

最高法院の指導者たちに対して

 

 神殿の境内の中は、一見「平和」に見たかもしれません。けれどもその「平和」とは見せかけの平和でありました。強い者が弱い者を圧迫して無理やり作り出している「平和」、誰かの尊厳を犠牲にすることによって成り立っている「平穏」でありました。それはまことの平和ではありません。

 

主イエスがこのことを最も伝えたかったのは、神殿の境内にいた民衆ではなく、神殿の内側にいる指導者たちに対してであったでしょう。

 神殿の内側で会議を開き、宗教的・政治的な決定をなしていたユダヤ人の自治機関を「最高法院(サンへドリン)」と言います。当時のイスラエルは宗教と政治が一体化した「政教一致」の国家であり、宗教的な事柄も政治的な事柄も、この最高法院で決定していました。最高法院のトップの議長の座にいるのは大祭司と呼ばれる人物で、議員として祭司長、長老、律法学者と呼ばれる人々がいました(参照:山口雅弘氏『イエス誕生の夜明け ガリラヤの歴史と人々』)。最高法院は70人の議員で構成され、神殿の「石切の間」と呼ばれる空間を議場としていました。いまの日本で言うと、内閣に相当する組織であるということができるでしょう。

 

 主イエスは他ならぬ、その最高法院の人々に対して、《あなたたちは、それを強盗の巣にしてしまった》とおっしゃいました。

 

 宗教的な指導者として、あなたがたがなすべきことは何か。この神殿をすべての人の祈りの家とすることである。民族主義、愛国主義に凝り固まってはいけない。民族、宗教、性別、職業など、あらゆる相違を超えて、すべての人を等しく、神に愛された「一人の人間」として尊重せよ。

政治的な指導者として、あなたがたのなすべきことは何か。貧しい人々、困窮し助けを求める人々ことをこそ、第一に顧みることである。自分たちの組織の維持をばかり考えてはならない。目先の経済をばかり、自分たちの利益をばかり追い求めてはいけない。助けを求める人々にこそ目を注ぎ、彼らを神に愛された「一人の人間」として尊重せよ。

 

主イエスは最高法院の指導者たちにそのように伝えたかったのではないでしょうか。そしてそのメッセージとは、他ならぬ、神の御子からのメッセージでありました。神殿の奥の至聖所からではなく、開け放された「異邦人の庭」において、多くの民衆に囲まれながら、神の御子御自身が、神の正義と真理(ゼカリヤ書7910節)を宣言して下さったのです。

 

 

 

敗戦から70年目 ~神の正義と真理に固く立って

 

最高法院の祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、《イエスをどのようにして殺そうか》と会議をした、と福音書は記します(18節)。悲しむべきことに、神の正義と真理は、指導者たちには伝わりませんでした。この先、主イエスは最高法院によって捕らえられ、裁判にかけられ死刑に処されることになります。

 

昨日15日、私たちの国は敗戦から70年目を迎えました。戦時中の歩みと、また敗戦後の70年の歩みを振り返るにあたって、私たちはいま改めて、主イエスが伝えて下さった正義と真理を心に刻むことが求められているように思います。

 

主イエスが伝えて下さった真理とは、「神さまの目から見て、一人ひとりが、価高く、貴いということ」です。一人ひとりに、等しく、神さまからの尊厳が与えられているということです。

 

主イエスが伝えて下さった正義とは、「神さまは、その尊厳をないがしろにする行為を決しておゆるしにならない」ということです。主イエス御自身、尊厳を傷つけないがしろにする力に対しはっきりと「否」とおっしゃってくださいました。そして具体的に「行動」を起こしてくださいました。

 

私たち自身はこの70年間、どれほどこの真理と正義を大切にすることができたでしょうか。それを具体的な行動に移してゆくことができたでしょうか。不十分であったと言わざるを得ません。

 

主イエスの真理と正義は、十字架の死によって中途で消えてしまったかのように見えました。しかし、イエス・キリストは十字架刑に処せられた三日目に、死より復活されました。よみがえられた主イエスは、いまも、私たちと共におられます。よみがえられた主イエスはいまも、私たちに真理と正義とを伝え続けて下さっています。

私たちはいま新たに、この真理と正義に立ち還りたいと思います。神さまの正義と真理とに固く立ち、まことの平和を目指して、共に歩んでゆきたいと願います。