2015年8月30日「「ぶどう園と農夫」のたとえ」

20158月30日 聖書箇所:マルコによる福音書12112


「「ぶどう園と農夫」のたとえ」


 


「ぶどう園と農夫」のたとえ


 お読みしました「ぶどう園と農夫」のたとえは、イエス・キリストが宗教的な指導者たちとの問答の中で話されたたとえ話です。謎めいているような、人が殺される場面も出てきて何だか恐ろしくも思えるたとえ話ですね。イエス・キリストはエルサレム神殿にて、祭司長、律法学者、長老たちに向かってこのたとえを話されました。


 主イエスが相対しておられた祭司長、律法学者、長老たちという人々は、「最高法院」という議会を形成していた人々です。当時エルサレムでもっとも権力をもっていた自治機関です。このときすでに、主イエスと最高法院の人々との関係は緊迫したものとなっていました。主イエスも厳しい決意をもって、このたとえ話を話されたのだと受け止めることができます。


 たとえ話の舞台となっているのはぶどう園です。ぶどう園というと私たちの地域では早池峰山のふもとのぶどう園とエーデルワインが有名です。イスラエルにおいてもぶどうは広く栽培されていました。イスラエルの人々の日常生活において、もっとも重要な植物の一つでありました。聖書にもさまざまなところで、ぶどうの木やぶどう酒が登場しますね。


 たとえ話では、ある人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸すというところから始まります。ここで踏まえておきたいのは、ぶどう園の持ち主と、そこで実際に働く人々とが違う、というところですね。ぶどう園の持ち主は自分で労働してぶどうを収穫するのではないし、また農夫たちも、自分の畑で働いているのではない。


ここには、当時のイスラエルの社会のあり方が反映しています。当時のイスラエル社会は富裕層と貧困層とが明確に分かれていました。富裕層は広大な土地を所有し、貧困層にある農夫たちはその地主から土地を借りて農作を行っていました。もちろん、彼らももともとは先祖伝来の土地を持っていました。しかし不当に高い利子がふされた借金の担保として、その大切な土地がどんどん奪われて行ってしまったのです。このたとえ話はそのような格差社会が背景になっていると考えられます(参照:山口里子氏『イエスの譬え話1 ガリラヤ民衆が聞いたメッセージを探る』、新教出版社、2014年)


改めて、マルコによる福音書1218節をお読みいたします。《イエスは、たとえで彼らに話し始められた。「ある人がぶどう園の作り、垣を巡らし、搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。/収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を受け取るために、僕を農夫たちのところへ送った。/だが、農夫たちは、この僕を捕まえて袋だたきにし、何も持たせないで帰した。/そこでまた、他の僕を送ったが、農夫たちはその頭を殴り、侮辱した。/更に、もう一人を送ったが、今度は殺した。そのほかに多くの僕を送ったが、ある者は殴られ、ある者は殺された。/まだ一人、愛する息子がいた。『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、最後に息子を送った。/農夫たちは話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』/そして、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外にほうり出してしまった。…」》。


 この部分を読むと、登場する農夫たちは何とひどいことをする人々かと思います。暴力を振るうこと、人を殺めるということは、もちろん許されないことです。と同時に、先ほど述べました当時の社会情勢を踏まえますと、ここでの農夫たちの振舞いは一種の「農民一揆」、農民による抵抗運動でもあるということができます(参照:田川建三氏『イエスという男 第二版〔増補改訂版〕』作品社、2004年)。不平等な生活を強いられていた農民たちがついに耐え切れずに、大地主に対して反乱を起こした、という意味合いが含まれているのですね。ただ農夫たちが理由なく暴れたという物語ではありません。


 収穫の時期になり、ぶどう園の収穫を受け取るために大地主からの使いが来た。農夫たちは自分たちが育てたぶどうの実をすべて差し出さねばならない。一年中労働してきて、自分たちにはほとんど何も残されない。その不条理さに堪忍袋の緒が切れた農民たちは、収穫物を差し出すことを拒否した。抵抗運動を始めたのですね。すると当然、使いの者は黙っていません。両者の間で衝突が起き、そうして暴力が発生してしまった。農夫たちが使いの者に暴力を振るい、追い返したのです。しかし大地主はまた使いの者を送ります。次々の送られてくる使いを前に、農夫たちの暴力はどんどんエスカレートしていき、遂には使いの者を殺してしまいます。そして、自分たちのところにやって来た大地主の一人息子も殺してしまいます。


 


この話を聞いた最高法院の人々は…


 このたとえ話を聞いた祭司長、律法学者、長老たちはどう感じたでしょうか。突然主イエスがこのような農民一揆のたとえを話しだしたのを聞いて、ギョッとしたのではないかと思います。これら最高法院の人々は、大地主の側に立つであったからです。


彼らは当時のイスラエル社会のトップにいる人々であり、非常な富裕層に属していました。そしてそのたくさんの財産は、民衆から搾取して得ていたものでした。彼らは大地主に自分たちを重ねあわせながら、このたとえ話を聞いたことでしょう。


最高法院の人々は主イエスの表情を伺いながら、「もしかしたらこの男は自分たちに農民一揆を起こすことを暗に示唆しているのではないか」と不安を感じたかもしれません。民衆から支持を得ているこの男は、もしかしたらこの先農夫たちと共に暴動を起こすつもりなのではなかろうか、と。


緊張が高まる中、主イエスは次のように続けます。9節《さて、このぶどう園の主人は、どうするだろうか。戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない》。


この主イエスの言葉を聞いて、最高法院の人々はホッとしたことでしょう。何だ、そういう結末だったのか、と。農民一揆が無事に鎮圧される物語だったのか。「そうだ、そのような反抗的な農夫たちは、見せしめに殺してしまった方がよい。ぶどう園は他の人たちに与えるべきだ。彼らはそのような罰を受けて当然だ」と最高法院の人々は深くうなずいたかもしれません。


 


「それは、あなたたちだ」


 主イエスは最高法院の人々の反応を見届けた上で、厳しい口調でおっしゃいます。10-11節《聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。/これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。』》。


ここで主イエスは突然のように、旧約聖書の言葉の引用をされました。《聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか》。つまり、いま述べた「ぶどう園と農夫」のたとえ話は神さまと人間との関係について述べたものであることを示されたのです。


最高法院の人々は面食らったことでしょう。自分たちが「農民一揆」のたとえ話として聞いていた話は、実は、「神と人間について」のたとえでもあった……? ということは、ぶどう園の「主人」とはもちろん「主なる神さま」ということになります。「主人」の立場に自分たちを置いていた彼らはうろたえたことでしょう。では、「反抗的な農夫たち」とは、誰のことなのか。


主イエスの厳しいまなざしは、語っていました。「それは、あなたたちだ」と。


 主イエスのこの論法は、ダビデ王に対する預言者ナタンの叱責を想い起こさせます。家臣を殺させてその妻を奪ったダビデ王に対して、預言者ナタンはまずたとえ話をもって問いかけました(サムエル記上121-10節)。そのたとえ話とは、あるところに豊かな男性と貧しい男性がいた。ある日、豊かな男性が貧しい男性から、貧しい男性が大切にしていたただ一匹の雌の小羊を取り上げ、自分の客人に振る舞った、という内容でした。たとえ話を聞いたダビデはたとえ話の豊かな男に激怒し、「主は生きておられる。そんなことをした男は死罪だ」と言い放ちます。するとすかさずダビデはナタンに向かって言います、「その男はあなただ」――。


 最高法院の人々もまさにダビデと同じ状態になりました。反抗的な農夫たちは罰を受けて当然だとうなずいたところに、「それはあなたたちだ」と言われてしまったのです。主なる神さまに反抗をしていたのは、自分たちであったことをずばり指摘されてしまいました。


エルサレム神殿を私物化し、神さまの畑を自分のものとしてしまっていたのは自分たちであった。神さまから遣わされた使いたちに暴力を振るい、殺してしまったのは自分たちであった。その罪責を、最後に自分たちで認めてしまった。たとえ話の指し示すところの真意に気が付いた彼らの表情は一変したことでしょう。


自ら過ちを明白に指摘された彼らはどうしたでしょうか。明らかにされたその過ちを受け入れるのではなく、むしろ憤ってそれを否定し、主イエスを捕らえようとしました。けれども周りにいる群衆を恐れ、立ち去っていった、と福音書は記します。12節《彼らは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。それで、イエスをその場に残して立ち去った》。


 


「過ちを過ちとして認めない」


 過ちをはっきりと指摘されたとき、私たちの内にはそれを懸命に否定しようとする反応が起こります。そうしてそれを指摘する相手を攻撃しようとします。本日のたとえ話では、その攻撃がエスカレートして、遂には相手に暴力を振るい、相手の命を奪ってしまうところまで描かれます。「過ちを過ちと認めない」こと、それがいかに神と隣人との関係を破壊してゆくかが示されています。


 どれだけ明白に自らの過ちの事実を示されようと、私たちはその過ちを受け入れることができないことがあります。そのようなことが日々起こります。私たちが過ちを受け入れようとしない限り、神さまと隣人との関係性は壊され続けてゆきます。過ちを過ちと受け入れないことはいつしか互いの暴力の連鎖を生み、そうして遂に人の命をも奪ってしまうことさえあります。


「過ちを過ちとして認めない」、この私たちの姿勢が、神から遣わされた預言者たちを殺し、そして遂に、神の愛する独り子を十字架に磔にして殺してしまいました。


 


過ちの「事実」と、それを受け入れる「真実」と


 私たちはいかにして、この暴力の連鎖から脱することができるでしょうか。「過ちを過ちと認めない」ことの暴力の連鎖は、私たちの身近なところに、私たちの社会に、私たちの世界に、至る所に存在しています。


 政治家の中には、いまだ70年前の敗戦の「事実」を受け入れることができない方々がいます。2011311日の原発事故の「事実」を受け入れることができない人々がいます。どれだけ明白な「事実」があろうと、心が、それを受け入れることができない。そしてそれを否定し続けることによって、どんどん負の連鎖が生まれてゆきます。安保法制という暴力的な法律が造られ、原発の再稼働という暴力的な判断がなされます。


 過ちは過ちとして、どれだけ客観的な「事実」としてあったとしても、その過ちが「事実」として存在しているだけでは不十分なのでしょう。私たちがその過ちを過ちとして自らの内に受け入れない限り、その過ちは「真実」なものとはなりません。私たちの心の外に締め出されている過ちの「事実」が、私たちの心の中に受け入れられて初めて、その過ちは血肉の通った「真実」なものとなります。「真実」なものへと変えられたそれは、私たちの関係性をもはや壊すことはありません。むしろ私たちの関係性を再び造り直してゆくことへと私たちを導いてゆくでしょう。


 


主の「礎」に立ち還り


 主イエスはおっしゃいました。《家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。/これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える》。


これは旧約聖書の詩編11822-23節)の引用です。家を建てる者が、必要のないものとして捨てた《石》が、新しい家の「礎」となったという言葉です。


教会では伝統的に、この《石》とは、十字架によって殺され、そしてよみがえられたイエス・キリストを指し示していると捉えてきました。私たちが「過ちを過ちと認めない」ことにより、捨てられ、殺された主イエス。しかし、この主イエスが、私たちの関係性を新しく創造し直す「礎」としてよみがえっていったことを聖書は証しします。暴力の連鎖を断ち切るために、主イエスは自ら、その「礎」となってくださいました。


キリスト者で詩人の八木重吉のよく知られた、短い詩があります。《わたしのまちがいだった/わたしの まちがいだった/こうして 草にすわれば それがわかる》。


 ここでの《草》とは、イエス・キリストを何等かのかたちで暗示しているということができるでしょう。本日の聖書箇所と結びつけるなら、私たちはイエス・キリストという「礎」の上に座ってこそ、心は自らの過ちを受け入れることができるのだと受け止めることができます。イエス・キリストの胸に抱かれ、私たちは初めて腑に落ちます。「わたしのまちがいだった/わたしの まちがいだった」――。


「あなた」という存在がかけがえなく貴いからこそ、主イエスは私たちのもとに来てくださいました。一人ひとりが決して、暴力の連鎖によって失われてはならないからこそ、主イエスはその連鎖を断ち切るための「礎」となってくださいました。私たちの全存在を包み込むこの神さまの愛の上に座り込んで、その愛に抱かれて、初めて、思い至ります。「わたしは過ちを犯した。わたしは過っていた」。


 そのとき私たちは、神さまと隣人との関係を新しく創造し直してゆくための、「真実」なる出発点に立っています。それは「終わり」ではなく、新しい命の中の、「はじまり」です。いま共にこの主の「礎」に立ち還り、自らの過ちを心の中に受け入れ、ここから、新しい私たちの関係性を創り出してゆきたいと願います。