2016年2月21日「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」

 2016221日 聖書箇所:マルコによる福音書15115

「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」

 

 

受難の日の朝

 

私たちはいま、キリスト教の暦で「受難節」の中を歩んでいます。受難節はイエス・キリストのご受難を想い起こし、私たちの心を十字架に立ち還らせる時です。

 

本日の聖書箇所にはポンテオ・ピラトによる裁判の様子が記されています。それは主イエスが十字架刑の処せられる日の朝――金曜日の朝の出来事でした。裁判で死刑が確定された後、主イエスは十字架に磔にされるためローマ兵たちに引き渡されることになります。

 

その十字架の道行きにおいて、主イエスは兵士たちから、肉体的にまた精神的にすさまじい暴力を受けてゆくことになります。読み進めてゆくのがとても辛い箇所でありますが、受難節のこの時、私たちは主のご受難を直視してゆくことが求められています。

 

 

 

「歴史的な事実」としての受難

 

マルコによる福音書14章には、最高法院が主イエスを「死刑に処す」ことを決議したことが記されていました145365節)。最高法院とは、イスラエルの宗教的な権力者たちによって構成されている議会のことです。ただし、その最終的な決議は、ローマ総督のポンテオ・ピラトという人物に委ねられました。当時、死刑の最終的な決定権はローマ帝国にあったからです。最高法院の人々は主イエスを縛って引いてゆき、ローマ総督ピラトに引き渡しました151節)

 

ポンテオ・ピラトはローマ古代史にも出てくる歴史上の人物です。ピラトは紀元26年から36年までローマ総督の役職についていました。ピラトは当然ながら、ユダヤ人ではなくローマ人です。その歴史上の人物が、本日の聖書箇所に登場します。このことからも、イエス・キリストのご受難は単なる「物語」ではなく、「歴史的な事実」であることを改めて思わされます。ピラトの在位が紀元26年から36年であったということを踏まえると、主イエスはこの期間に処刑されたのだと推定することができます。紀元30年前後に、事実として、イエス・キリストは十字架刑に処せられ、亡くなられたのです。

 

私たちは礼拝の中で使徒信条という信条文を告白していますが、その中に、《ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け…》という文言があります。この文言を唱える度、やはり私たちは主イエスが苦しみを受けられたのは「歴史的な事実」であることを確認しています。主イエスのご受難は単なる物語ではなく、神話でもなく、私たちの歴史に事実として起こったことなのです。

 

改めて、マルコによる福音書1515節をお読みいたします。《夜が明けるとすぐ、祭司長たちは、長老や律法学者たちと共に、つまり最高法院全体で相談した後、イエスを縛って引いて行き、ピラトに渡した。/ピラトがイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」と答えられた。/そこで祭司長たちが、いろいろとイエスを訴えた。/ピラトが再び尋問した。「何も答えないのか。彼らがあのようにお前を訴えているのに。」/しかし、イエスがもはや何もお答えにならなかったので、ピラトは不思議に思った》

 

 

 

「お前がユダヤ人の王なのか」

 

先ほどピラトはローマの総督の役職についていた人物であったということを述べました。なぜこのような役職が置かれていたかというと、イスラエルが当時、ローマ帝国の属州であったことが関係しています。イスラエル国は強大なローマ帝国の属州となっており、もはや独立国ではありませんでした。ヘロデ大王という国王が死んでからはイスラエルにはもはや国王を置くことも許されず、代わりにローマから派遣された総督が統治をするようになっていました。

 

イスラエルの人々はもちろん、そのような状況を快く思ってはいませんでした。自分たちの国の自主独立が妨げられている状況を、非常に屈辱的であると感じていました。またローマ帝国からは重い税が課せられ、人々の生活も困窮してゆきました。そのような中、民衆の中からローマから独立しようという抵抗運動が繰り返し起こりました。しかしその都度、ローマ軍によって鎮圧されました。村々は焼かれ、多くの人々がローマ軍によって殺され、奴隷にされてゆきました。主イエスが生きておられた時代も、そのような抵抗・独立運動が繰り返し起こり、多くの人々の命が失われていったと考えられます。

 

人々の間からは、新しい王を待望する声が出て来ていました。イスラエルをローマの支配から解放してくれる未来の王、政治的な救世主を待望する声が高まっていました。主イエスの周りに集まった人々は、このナザレのイエスこそ未来のイスラエルの王、政治的な救世主になってくれる方なのではないかと期待しました。

 

本日の聖書箇所において、ピラトは真っ先に主イエスに「お前がユダヤ人の王なのか」と問いただしています2節)。主イエスご自身にイスラエルの王になるつもりがあるのか、確認しようとしています。主イエスがローマに反乱を企てている危険人物であるかを見定めようとしたのでしょう。ピラトの「お前がユダヤ人の王なのか」という問いに対し、主イエスは「それは、あなたが言っていることです」とだけお答になり、後は沈黙を守られました。ピラトは沈黙を守られる主イエスの姿を見て不思議に思いました5節)

 

主イエスを何とか死刑にしたいと思っている最高法院の人々は、主イエスが「ユダヤ人の王を自称した」として訴えようとしました。「王を自称し、民衆を扇動しようとした」罪を被せようと企んだのでしょう。ローマへの反逆罪に相当するとして、主イエスを死刑にしようとしたのです。

 

ただしピラト自身は、いま目の前にいる男が死刑に価する罪を犯した人物であるとは思えなかったようでした。ピラト自身はむしろ、主イエスが「無罪である」と見抜いていたようです。最高法院の訴えには何か裏があると長年の経験から察していたのかもしれません。

 

 

 

「イエスではなく、バラバを」

 

ピラトはイスラエル国内のやっかいごとに巻き込まれたくないと思ったのでしょうか、主イエスを罪には定めず、釈放しようとします。当時、過越し祭の際に囚人を一人釈放するということがなされていたようです。いわゆる恩赦のようなものですね。ピラトはこの慣習を利用して主イエスを釈放しようとします。しかし、事態はピラトの意図とはまったく異なる方向へと進んでゆきます。

 

マルコによる福音書15615《ところで、祭りの度ごとに、ピラトは人々が願い出る囚人を一人釈放していた。/さて、暴動のとき人殺しをして投獄されていた暴徒たちの中に、バラバという男がいた。/群衆が押しかけて来て、いつものようにしてほしいと要求し始めた。/そこで、ピラトは、「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか」と言った。/祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。/祭司長たちは、バラバの方を釈放してもらうように群衆を扇動した。/そこで、ピラトは改めて、「それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか」と言った。/群衆はまた叫んだ。「十字架につけろ。」/ピラトは言った。「いったいどんな悪事を働いたというのか。」群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び立てた。/ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した》。

 

早朝に行われたこの裁判は公開裁判であったようで、多くの人々が裁判に押しかけて来ていたようです。ただしこれら群衆はエルサレムの街に住む一般の人々ではなく、その大部分は、最高法院の人々が呼び集めた人々であったと思われます。

 

7節に、バラバという人物が登場します。マルコ福音書はバラバという人物について、《暴動のとき人殺しをして投獄されていた》と記しています。バラバが実際に殺人を犯して投獄されていたのかは分かりません。おそらくバラバは、ローマへの抵抗・独立運動の指導者の一人であったのではないかと考えられます。一部の人々からは英雄視されていた人物であったのかもしれません。最高法院の人々はこのバラバという人物に目を付けました。そして、主イエスではなく、バラバの方を釈放してもらうようにと群衆を扇動しました。

 

そのような策略がなされていることを知らないピラトは、群衆に《あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか》と尋ねます9節)。大勢の群衆はそれを願って集まって来ているのだとピラトは思い込んでいたのでしょう。しかし群衆は意外にも、「バラバを釈放してほしい」と申し出ます。動揺したピラトは尋ねました。《それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか》12節)。この瞬間を、最高法院の人々は長らく待ち構えていました。最高法院の人々が扇動したとおり群衆は叫びます。《十字架につけろ》13節)

 

十字架刑は当時、最も残酷であると言われていたローマの処刑法でした。ピラトは《いったいどんな悪事を働いたというのか》と問いかけます。群衆はますます激しく《十字架につけろ》と叫び立てました14節)。ピラトは主イエスが「無実である」ことを知りながら、群衆の要求に迎合し、バラバの方を釈放しました15節)。そして主イエスを鞭打ってから、十字架につけるためにローマ兵士に引き渡しました。

 

この鞭打ちがいかに残酷な刑罰であったかは、映画『パッション』を御覧になった方はよく実感しておられることと思います。この鞭打ちに用いられた鞭には先端に鋭利な金属などが付されていました。そのような鞭を、勢いよく人の体に振り降ろせばどのようなことになってしまうことでしょうか。この鞭打ちだけで死んでしまう可能性があるほど残酷なものでした。すさまじい暴力がこの時、主イエスに対して振る舞われました。

 

 

 

暴力と非暴力

 

以上、ピラトの裁判をご一緒にお読みしました。この裁判では人間のさまざまな罪悪が渦巻いています。自分たちの都合のために無実の人を殺そうとした最高法院の人々。無実であると知りながら、群衆に迎合して主イエスの死刑を決定してしまったピラト。最高法院の人々に扇動され、主イエスではなくバラバを選んだ群衆。主イエスに対して残酷な十字架刑を望んだ群衆。これら人々が犯した罪悪は、私たち自身の内に渦巻いている罪悪でもあると受け止めることができるでしょう。

 

私たち人間の歴史は、事実として、主イエスではなく、バラバを選んだのです。歴史はバラバを選び、主イエスに対しては大きな暴力を振るいました。それは冒頭に申したように、歴史的な事実です。

 

バラバのローマの支配から人々を解放しようとする理想は確かに貴いものであったでしょう。しかし、バラバと主イエスとの間には決定的な違いがありました。バラバは、イスラエルの独立のためには、「暴力もやむを得ない」という姿勢をもっていました。武力によってローマ帝国に対抗しようとしていました。そのような中で、事実、数多くの人々の命が失われていったことでしょう。対して、主イエスは決して暴力をお認めになりませんでした。主イエスは誰一人の命も失われることをお許しになられませんでした。御自身がすさまじい暴力をうけながらも、徹底して、非暴力の道を歩まれました。

 

あのピラトの裁判から2000年近くが経とうとしていますが、私たちの世界はいまだ、「主イエスではなくバラバを」選択し続けているように思います。物事の解決策として、安易に暴力を選択してしまう。話し合いではなく、武力で解決することを欲し続けてしまう。私たちの世界はいまだバラバを選び続け、無実の主イエスに暴力を振るい続けているのではないかと思わざるを得ません。

 

最高法院の人々が群衆を煽ったように、現在も、社会を「暴力の方向へ」と煽る言葉が至るところに見られます。美しい言葉を並べ立て、しかしその内実は私利私欲や虚栄心で満たされているような言葉が至るところに見られます。私たちはそれら言葉に煽られてしまわないよう、注意深くあらねばなりません。

 

 

 

生命と尊厳を第一とする道を

 

バラバと主イエスの相違は、突き詰めてゆくと、何を目指しているかの相違に起因しています。バラバが目指していたのは「イスラエルの栄誉の回復」でした。そのためには暴力も辞さないし、むしろ暴力を積極的に肯定していました。愛国心に燃える人々は、バラバを熱狂的に支持しました。

 

対して、主イエスが目指していたのは、私なりに申しますと、それは「個人の尊厳の回復」です。一人ひとりが「かけがえのない」存在として尊重される社会を創りだしてゆくことを、主イエスは願っておられました。神さまの目から見て、一人ひとりが「かけがえなく」貴いのだということ。だからこそ、暴力によってその存在が傷つけられてはならないし、誰一人の命も失われてはならないのです。どれだけ崇高な理想のためであっても、かけがえのない個々人の命と尊厳が失われてしまうということがあってはなりません。

 

国を愛する心はもちろん大切なものです。しかし時に、その感情が一部の扇動者たちによって、暴力的な方向へと誘導されてしまうことも起こり得ます。私たちの国も、かつての戦争においてその悲劇を経験しました。愛国心は、集団的な心理となればなるほど、暴力との親和性もまた増してゆきます。暴力とのつながりを断ちきるためには、私たち一人ひとりが「個人の尊厳」の感覚を育んでゆくことが大切です。一人ひとりの存在の「かけがえのなさ」の感覚を育んでゆくことがいま、喫緊に求められています。

 

私たちの社会は現在も、選択を迫られつつあります。「バラバか、主イエスか」――。私たちはどちらの道を歩むことを願っているでしょうか。主イエスが示してくださった「生命と尊厳を第一とする道」をこそ選びとってゆきたいと願います。