2016年3月20日「墓に横たわるキリスト」

 

 2016320日 聖書箇所:マルコによる福音書154247

「墓に横たわるキリスト」

 

 

イエス・キリストの埋葬

 

私たちは現在、教会の暦で受難節の中を歩んでいます。先週の礼拝では、イエス・キリストの十字架の死の場面をご一緒に読みました。本日の聖書箇所は、十字架から降ろされた主イエスのご遺体が埋葬される場面です。

 

当時の埋葬の仕方というのは、遺体に香油を塗り、布で包んで、岩壁を削って作った石室に安置するというやり方でした。現在の日本では火葬が一般的ですが、当時のパレスチナには火葬の風習はなく、遺体を布で包んでそのまま墓穴に安置するという埋葬の仕方が行われていました。

 

 主イエスのご遺体も当時の埋葬の仕方に則って葬られました。ただし、時間がなかったので、ご遺体に香油を塗ることができなかったことを福音書は記しています161節)

 

香油を塗ることは、遺体を清潔に保つと共に、遺体から生じる匂いを消すという意味合いをもっていました。また亡くなった人の体を良い香りで覆ってあげることは、残された人々の愛情の表現の一つであったでしょう。当時、香油を塗る作業は女性たちの仕事とされていました。埋葬に立ち会ったマグダラのマリア、母マリアは主イエスの傷ついたお体を香油で覆ってあげたいと切に思ったことでしょうが、その願いは適いませんでした。

 

 香油を塗る時間がなかったことの理由には、次の日の安息日が迫っていたことがありました。安息日には、あらゆる労働が禁じられていました。埋葬も労働の一つに含まれますので、安息日になってしまうとそれもすることができなくなります。主イエスが十字架の上で亡くなられたのは金曜日の午後三時のことでした。ユダヤ教では夕方から一日が始まりますので、あと数時間すれば日付が変わり土曜の安息日になってしまいます。主イエスのご遺体を安息日の間十字架の上に放置し続けることだけは避けたいということで、大急ぎで埋葬が行われたようです。女性たちが香油を買って用意し、それを主イエスのお体に塗ってさしあげるという時間は残されてはいませんでした。

 

マルコによる福音書154247節《既に夕方になった。その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、/アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。/ピラトは、イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百人隊長を呼び寄せて、既に死んだかどうかを尋ねた。/そして、百人隊長に確かめたうえ、遺体をヨセフに下げ渡した。/ヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。/マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた》。

 

 

 

アリマタヤのヨセフ

 

 主イエスの埋葬において、大きな役割を果たしたのが、アリマタヤのヨセフという人物です。福音書は、アリマタヤのヨセフは《身分の高い議員》であったことを記しています1543節)。ヨセフは最高法院を構成する長老の一人であったのではないかという解釈もあります。であるとすると、アリマタヤのヨセフは主イエスを死に追いやった支配層の一員であったということになります。そのヨセフが、主イエスのご遺体を渡してくれるようにとローマ総督のポンテオ・ピラトに願い出ました(43節)。マルコ福音書は《勇気を出して》という言葉を付していますが、確かにそれは相当な勇気、覚悟が必要な申し出であったことでしょう。場合によっては、彼も主イエスの仲間ではないかという嫌疑がかけられることになるかもしれないからです。

 

アリマタヤのヨセフという人物は、最高法院の一員でありつつ、以前からひそかに主イエスの活動に共感を抱いていたのでしょうか。もしくは、主イエスの十字架の死を通して、彼の中で何かが変えられ始めていたのでしょうか。詳しい事情は知ることはできませんが、ヨセフが勇気を出して願い出をしたことにより、主イエスのご遺体を埋葬することが可能となりました。十字架刑の場合、遺体は埋葬されることなくそのまま放置されたり、遺棄されたりする場合もあったそうです。

 

 ヨセフの申し出を受けたとき、ローマ総督のピラトは《イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思》ったと福音書は記しています44節)。主イエスは午前9時に十字架刑に処せられ、午後の3時に息を引き取られました。6時間もの間十字架の上で苦しみ続けられたわけですが、通常の十字架刑に比べれば、それは短い時間であったようです。通常の十字架刑の場合、絶命までまる一日、またそれ以上の時間がかかることもあったようです。主イエスは十字架にお架かりになった時点で、すでに衰弱しきっておられたのかもしれません。それほどまでに裁判の後に主イエスに加えられた拷問が激しいものであったのかもしれません。

 

通常よりも死が早いことを不思議に思ったピラトは、百人隊長を呼び寄せて、主イエスが既に死んでいるかどうか確認します45節)。ここで登場する百人隊長とは、主イエスの死を間近で目撃し、《本当に、この人は神の子だった》1539節)と告白した人物です。百人隊長から確かに主イエスが亡くなったことを伝え聞いたピラトは、主イエスのご遺体をヨセフに下げ渡すことを許可しました。主イエスは確かに、亡くなられたのです。主イエスの死は幻ではなく、確かな事実、歴史的な事実です。

 

ピラトから許可を得たヨセフは亜麻布を買い、主イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納めます46節)。主イエスの最期を見届けた女性たちも埋葬を手伝ったことでしょう。安息日が近づく中、急いで埋葬の儀は執り行われました。時間がないので、香油を塗る作業は省略されました。ご遺体を墓穴の中に納め終わると、石室の入り口は大きな石でふさがれました。

 

 

 

マグダラのマリアと母マリア

 

本日の聖書箇所は、印象的な一文をもって締めくくられています。《マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた》47節)。ヨセの母マリアとは、主イエスの母マリアのことです。マルコによる福音書は、このマリアたちの内面は一切記していません。私たちはこの時のマリアたちの内面を知るすべはなく、想像をすることしかできませんが、どれほど深い悲しみの中でマリアたちは墓を見つめていただろうか、と思わされます。

 

 マグダラのマリアにとって、主イエスは最愛の人であったことでしょう。また母マリアにとって、主イエスは最愛の息子です。その最愛の人が、十字架刑という暴力によって殺されてしまいました。理不尽な仕方で、自分たちから奪い取られてしまった。つい24時間前までは、一緒に過越しの食事をしていたのに。突然逮捕され、裁判にかけられ、あっという間に殺されてしまった。あまりに突然の、理不尽な死。とても現実とは信じられないような出来事であったことと思います。しかし、目の前には十字架から降ろされ、無残に傷ついた主イエスのお体がある。目の前にあるのは確かな現実であることをマリアたちに告げています。主イエスの死が現実であることを告げています。マリアたちは傷だらけになった主イエスを前に、せめてその体を香油で包んであげたいと願ったことでしょう。それがせめてもの哀悼の表現であったでしょう。しかし安息日が迫っており、それも適いませんでした。

 

あまりの悲しみと衝撃に、ぼう然自失した状態で、マリアたちは墓石を見つめていたかもしれません。すべてが終わってしまった。あまりに突然に、理不尽に、すべてが失われてしまった。深い悲しみ、絶望の中で、マリアたちは土曜の安息日を迎えました。 

 

 マリアたちが主イエスの復活を知らされたのは、日曜日の朝です。主イエスのご遺体に香油を塗るために夜明けにお墓に向かうと墓は空になっており、天使たちが現れて主イエスがよみがえられたことを告げました。「すべてが終わってしまった」と思っていたマリアたちの心に、希望の光が射しこみました。

 

 福音書は、その前日の土曜日のことは一切記していません。マリアたちがどのような想いでその安息日を過ごしたのかは記していません。これも私たちは想像するしかないわけですが、その土曜日はマリアたちにとって、どれほど長く苦しい一日であったことでしょうか。マリアたちの脳裏には十字架の上で苦しむ主イエスのお姿、十字架から降ろされた際の無残に傷ついた主イエスのお姿が焼き付いて、離れなかったことでしょう。主イエスの経験されたお苦しみを想うと、はらわたが引き裂かれるような想いになっていたことでしょう。

 

マリアたちは「すべてが終わってしまった」という絶望の中にいたことと思いますが、ただ一つ、願いがありました。それは、安息日が明けるとすぐに墓に行って、主イエスのお体に香油を塗ってさしあげるということです。それだけが最後の望み、自分がまだ生きていることのただ一つの理由であったのかもしれません。

 

 

 

土曜日のマリアたち

 

いまだ復活を知らされていない土曜日。この土曜日について、私たちは普段あまり意識を向けることはありません。それは当然といえば当然でしょう。私たちにとって大切なのは、イエス・キリストが復活された日曜日であるからです。この日曜日なくして、キリスト教は存在し得ません。

 

一方で、マリアたちはこの土曜日を経験しました。暗闇に覆われた一日。何の慰めも希望もない一日。この耐え難い土曜日をくぐり抜けた先に出会ったのが、復活の日曜日の光でした。

 

東日本大震災後の2011年、神学者の大木英夫先生が《土曜日のキリスト》という言葉を引用されていました。《土曜日のキリスト》とは「墓に横たわるキリスト」であり、金曜日と日曜日の間におられるキリストです。震災を経験した日本はいま、この「土曜日」の中にいるのだと大木先生は述べられていました。

 

この《土曜日のキリスト》という言葉になぞらえ、私は「土曜日のマリアたち」ということを思うことがあります。「土曜日のマリアたち」というのは私なりの表現ですが、それは、いまだ復活が知らされない土曜日を生きるマリアたちのことです。私は、誰の心の奥にも「土曜日のマリアたち」がいるのではないかと思っています。他ならぬ私自身の心を見つめてみたとき、そのように思います。自分自身の内には、いまだ座り込んで立ち上がれないでいるマリアがいるように思うのです。

 

復活を生きる希望としている自分の信仰は、自分にとって真実なものです。私は復活を信じ、希望としています。また同時に、心のどこかで、いまだ復活の希望を実感できていない自分もいます。悲しみの中で座り込んでいる自分がいます。それもまた、自分にとって偽りのない気持ちです。私自身の心のどこかに、立ち上がれずに座り込み、墓石をじっと見つめ続けているマリアがいるように思います。

 

私たちは生きてゆく中で必ず自身の死、また、愛する人の死を経験します。その死が復活とは切り離された死であるとしたら、何と私たちにとって耐え難く苦しいものであるでしょうか。しかし、日本に生きる多くの人々が経験しているのは、そのような復活の希望を見失った中での死です。多くの人々が長く苦しい土曜日の中を生きています。

 

 では、復活の希望を知らされているクリスチャンであれば、もはやこの土曜日をくぐり抜けていると言えるかというと、必ずしもそうではないでしょう。愛する人の死を前にしたとき、また自分の死に直面した時、クリスチャンである人であっても、土曜日のただ中に投げ込まれる経験をするのではないかと思います。復活がいまは信じられない気持ちになることがあるのではないかと思います。そう思ってしまうのは、信仰とはまた別に、生身の人間として当然のことであると思います。

 

 

 

主御自身が再び立ち上がらせてくださる

 

 私たちの内にはいまだ「土曜日のマリアたち」がいる。そのことを踏まえた上で、しかし、私が信じているのは、いつか主御自身がマリアを再び立ち上がらせてくださるであろうということです。復活の主イエスご自身が私の名前を呼んでくださって、再びこの私を立ち上がらせてくださる。それを私は信じていますし、私たち教会はそれを希望として、信じ続けてきました。

 

私たちはいまだ暗闇の中で、手探りをするように、光を待ち望んでいる状態であるのかもしれません。いまだ自分の目の前にあるのは暗い闇であるかもしれません。いまだ私たちは暗闇の中を歩いているのだとしても、必ず、復活の光は確かに私たちの間に差し込むでしょう。土曜日をくぐり抜けた先には、日曜日の朝があるのだということを、私たちは信じています。そこではもはや死は滅ぼされ、墓は空であり、復活の命の光が私たちを包み込んでいます。

 

どうか主御自身が、ここに集った一人ひとりの名前を呼んでくださり、その魂を再び立ち上がらせてくださいますように。