2016年3月6日「十字架の道」

201636日 聖書箇所:マルコによる福音書152132

「十字架の道」

 

 

十字架の道

 

 私たちはいま、受難節の中をご一緒に歩んでいます。受難節は、イエス・キリストの十字架への道行きに思いをはせる時です。本日の聖書箇所はまさにちょうど、主イエスが十字架の道を歩んでゆかれる場面です。

 

 主イエスはポンテオ・ピラトのもとで死刑が確定された後、ローマ兵士たちから肉体的、精神的に激しい虐待を受けられました。鞭打ちによって体が裂け、全身が血だらけとなり、心身が衰弱しきった主イエスは、十字架刑に処せられるために外へ引き出されます。

 

 当時、十字架刑に処せられる者は、十字架の横木を背負って処刑場まで歩かせられるという習慣がありました。エルサレムの街中を歩いて、多くの人々が見物する中で、処刑場のゴルゴタの丘まで歩かされました。マルコによる福音書は、たまたまそこに通りかかったキレネ人のシモンという人物に、ローマ兵士たちが主イエスの十字架を担がせた、と記しています。主イエスは御自分ではもはや十字架の横木を担げないほど、衰弱しきっておられたのでしょう。マルコによる福音書152122節《そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。/そして、イエスをゴルゴタという所――その意味は「されこうべの場所」――に連れて行った》。

 

主イエスがこのとき十字架を背負って歩いたとされる道は、「悲しみの道」(ラテン語でヴィア・ドロローサ)と呼ばれています。

 

 

 

自分の利益をのみ追い求める人々によって

 

 悲しみの道を歩み切り、主イエスは処刑場のゴルゴタの丘に着かれます。ゴルゴタの丘はエルサレムの街からもよく見える場所にあったそうです。十字架刑は、大勢の人々が見物する中の公開処刑でありました。そこには見せしめの意味があったのでしょう。ローマ帝国に逆らった者はこのような目に会うもだという意味が、十字架刑には込められていました。主イエスはポンテオ・ピラトのもとの裁判において、「ユダヤ人の王を自称し、民衆を扇動しようとした」罪、すなわちローマ帝国への反逆罪を犯したとして、死刑を宣告されました。そこには、最高法院の計略がありました。最高法院の人々は自分たちの利益を守るため、主イエスの存在を無きものにしようとしていたのです。ピラト自身は主イエスが無罪であることに勘付いていましたが、わが身の可愛さのためにはっきりとそれを指摘することはしませんでした。このように、自分自身の利益をのみ追い求める人々によって、主イエスは十字架刑へと追いやられていったのです。

 

 

 

十字架刑

 

十字架刑は、当時のローマ帝国が行っていた処刑の仕方で、「最も残酷な処刑法」であるとされていた死刑の仕方です。ローマ帝国が行っていた処刑の仕方で、もっとも《屈辱的かつ非人間的な処刑法》であるとされていたのが、十字架刑でした(参照:佐藤 研氏「「洗礼」と「十字架」――訳語はこれでよいか?」、『聖書を読む 新約篇』所収、岩波書店)。現在は、十字架はキリスト教のシンボルとして、一般に「きれい」「美しい」というイメージがありますが、もともとは「恐ろしいもの」「呪われたもの」「悲惨なもの」というイメージでした。

 

絵画などでは、十字架の横木に固定された両手のひらに釘が打ち込まれているように描かれていますが、実際には手首に打ちこまれました。それだけでは体は支えられないので、足もとには小さな足場が設けられていました。ただしそれは、磔にされた者の苦痛を長引かせるためのものでした。激しい苦痛と心身の衰弱によりだんだんと足が体を支えられなくなると、肺が圧迫されてゆきます。息が出来なくなる苦しさの中で、磔にされた者は意識を取り戻しますが、しかしまた両足で体を支えられなくなります。そして結果、息ができないことによる窒息によって亡くなるか、もしくは大量の出血により亡くなるという場合が大半であったようです。

 

これほどまでに残酷な刑を、無実である主イエス・キリストがお受けになったのだということを思いますとき、私たちは心が痛み、いたたまれない気持ちになります。

 

 十字架刑があまりに苦痛を伴うものであったため、時に没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませることがあったそうです。麻酔の効果を狙ってのことと思われますが、主イエスはそれをお受けにならなかったとマルコ福音書は記しています。マルコによる福音書152324《没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。/それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、/その服を分け合った、だれが何を取るかをくじ引きで決めてから》

 

 

 

身体の苦痛と尊厳のはく奪

 

 主イエスが十字架刑の苦痛のただ中におられるとき、その目の前で兵士たちはくじ引きで主イエスの服を分け合いました。目の前に苦痛の極みにいる人間がいるのに、自分たちの遊びに熱中している兵士たちの姿は、他者の痛みに無感覚な私たちの姿の、その極みを表現しているように思います。

 

 また、この描写が示すことは、主イエスは来ている服をすべてはぎ取られ、裸の状態で十字架に磔にされたということです。絵画では主イエスは腰に布があてがわれていますが、実際には全裸の状態で公衆の面前にさらされました。ある人は、当時のイスラエルの人々にとって、着物をはぎとるということほどの人間否定の行為はない、と指摘しています(佐藤司郎氏、『説教黙想アレテイア マルコによる福音書』、475頁)。それは今日の私たちが想像をはるかに越えた侮辱行為、相手の尊厳を傷つける行為であったそうです。主イエスは十字架の上で、身体的な苦痛のみならず、人間の尊厳がまったくはく奪される苦痛を経験されました。そしてその苦痛を目の前にしながら、兵士たちは何ら心を動かすこともありませんでした。痛みに対して、完全に無感覚でした。

 

 

 

罪人の一人として

 

主イエスが十字架に磔にされた時刻は、午前9時であったことをマルコによる福音書は記しています。はっきりとした時刻の指定は、これが単なる物語ではなく、「歴史的な事実」であることを私たちに示しています。マルコによる福音書152527《イエスを十字架につけたのは、午前九時であった。/罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。/また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた》。

 

罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてありました。これは主イエスが「ユダヤ人の王を自称した」という罪で十字架刑に処せられたことを表しています。主イエスはユダヤ人の王を自称し、ローマ帝国への反逆を企てた犯罪者として、二人の犯罪者と共に十字架に磔に処せられました。主イエスの右に一人が、主イエスの左にもう一人の犯罪者が磔にされました。イザヤ書53章には《彼は自らをなげうち、死んで/罪人のひとりに数えられた》という一文がありますが(イザヤ書5312節)、主イエスはまさに人々から罪人の一人とみなされて死んでいった、ということになります。

 

人びとの身勝手さによって主イエスは死に追いやられたのに、それら人々の罪責は何ら問われることはない。むしろ、主イエスに対し「あなたは罪人なのだから、十字架刑に処せられて当然なのだ」と言って自己を正当化しようとします。主イエスが冤罪であるにも関わらず。

 

自分の罪責を否認しそれをさらに他者になすりつけるという私たちの身勝手さ、無責任さの極みがここに表れているように思います。ここでは、主イエスの死に対して、誰も責任を取ることをしようとしません。この度の主イエスの逮捕から十字架刑に至る一連の出来事に関わった人々は自分たちの罪責をすべて主イエスに負わせることで、解決をしようとしています。

 

 

 

「十字架から降りてみろ」という嘲笑

 

マルコによる福音書152932《そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、/十字架から降りて自分を救ってみろ。」/同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。/メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった》。

 

 十字架に磔にされた主イエスを取り囲む人々は、口々に主イエスを嘲笑し、侮辱しました。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ」、「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう」。救い主であるなら自分を救ってみろ、十字架から降りて見ろ、と人々は主イエスを嘲笑します。

 

 侮辱的な言葉の数々に主イエスは何も答えることはなさらず、十字架に磔になったままでおられます。主イエスは十字架から降りることをなさいませんでした。あれだけ他者を癒し、救われた主イエスが、御自分を癒し、救うことはなさらなかった。

 

「十字架から降りる」ということは「奇跡的な出来事が起こる」ということです。その奇跡を見ることができれば、自分はあなたを信じると人々は嘲笑します。確かにそれはその通りであったでしょう。もしも奇跡がいま起これば、主イエスが神の御子としての圧倒的な力を発揮して十字架から降りれば、人々は主イエスに向かってひれ伏したことでしょう。しかし、主イエスはそのことをなさらなかった。十字架から降りることをなさらなかった。

 

「十字架から降りてみろ」という人々の言葉に、私たちが普段どのような価値観で世界を見つめているか、どのようなものを追い求めてしまっているかが暴露されています。奇跡的な出来事や力、物質的な豊かさ、きらびやかなもの、そのようなものを追い求めてしまう私たちの価値観がここで露わになっているように思います。言い換えれば、自分の利益をばかり追い求めてしまう私たちの考え方です。

 

私たちはそれぞれ、もちろんこの価値観から自由ではありません。経済的な豊かさはもちろん誰しもが願っているし、よりよい生活をしてゆきたい。ただ、これら価値観がもし暴走すると、どのようなことになってしまうか。私たちが皆自分の利益をのみ追い求め、他者の痛みについての感覚をなくしてしまったらどのようなことになるでしょうか。十字架の悲惨さは、その私たちの暴走がどのような惨事をもたらすかを示しています。主イエスは私たちの無感覚さによって暴力を受け、精神的・肉体的にすさまじい虐待を受け、死にいたる苦しみを受けられました。主イエスを死に追いやったものは、他でもない、私たち自身の身勝手さであると受け止めることができます。

 

 

 

「十字架から降りない道」を

 

 主イエスは、「十字架から降りる」ということをなさいませんでした。できなかったのではなく、御自身の意思により、「十字架から降りない道」を選び取られたのです。それは、「十字架から降りてしまう」生き方、自分の利益をのみ追い求め他者をないがしろにする生き方への、神ご自身のはっきりとした「否」でありました。主イエスは、その生き方をはっきりと拒まれました。そして、そうではない生き方を、この世界の真実を、私たちに指し示してくださいました。

 

十字架の主は、人々の目を引く奇跡をもはや行うことはなさいません。神の御子である方が、もっとも弱く、小さくされた者の一人として、おられます。十字架に磔にされた主イエスは雄弁な言葉も発することはなさらず、もはや自分の力で動くことさえなさいません。けれども、福音書が示すことは、この徹底的に無力な十字架の主イエスの内にこそ、神の権威が宿っているということです。主イエスは、このまことの権威があるところを、「神の国」とおっしゃいました。

 

 

 

「この道」を選び、「この道」を歩む

 

「神の国」は、私たちのいま生きている世界を超越したどこか「高い」ところにあるのではありません。そうではなく、この世界の、もっとも「低き」ところにあります。神の国は、天のかたなではなく、むしろ、いまこの瞬間、私たちと共にあります。もっとも「低き」ところに、神の国は広がっています。

 

古い価値観に縛られている間は気が付くこともなかったほどの「低み」から。しかしその低みから、神さまは私たちを生かし続けて下さっています。いまこの瞬間も、またこれまでも、ずっと。自分自身のことをのみ考えている私たちが気が付くこともなかった「低き」ところから、いまも、これまでも、神さまの力は私たちを生かし、私たちの命を支え続けて下さっています。

 

十字架の主は、その存在そのものをもって、この「神の国」のあり方を私たちに指し示して下さいました。「十字架から降りない道」があること、そこにこそ真実があり、真の権威があることを指し示してくださいました。そして私たちもまた、この道を選びとることができるのだということを示して下さっています。

 

私たちが自分自身の利益をばかり考えるのではなく、互いに支え合い、助け合って生きてゆくことができる道を。痛みに無感覚であるのではなく、互いの痛みに思いを馳せ、互いの辛さを感じ取りながら、共に生きてゆくことができる道を。一人ひとりがかけがえのない存在として、まことに尊重されて生きてゆくことができる道を。尊厳をもって、生きてゆくことができる道を。十字架の主の向こうには、この新しい道が広がっています。主イエスが切り開いてくださったこの道を歩んでゆくのは、私たち自身です。

 

主イエスが切り開いてくださったこの道を、一歩一歩、共に歩んでゆきたいと願っています。