2016年6月19日「暗闇に射し込む光」

2016619日 主日礼拝

聖書箇所:マタイによる福音書41217

「暗闇に射し込む光」

 

 

美しきガリラヤ

 

本日の聖書箇所には、「ガリラヤ」という地名が出てきます。ガリラヤはパレスチナの北部に位置する地域で、イエス・キリストがその活動の拠点とされた場所です。福音書の主要な舞台となっている場所ですね。

 

当時、ガリラヤは北と南の二つの地域に分けられていました。北部は山岳地帯、南部は温暖な気候で、農業が盛んな地域だったようです。私は実際にガリラヤには行ったことはまだありませんが、写真などを見ますと、緑豊かな場所であることが分かります。

 

ガリラヤというと、多くの人が思い浮かべるのはガリラヤ湖でありましょう。ガリラヤ湖はガリラヤの東の端に位置する湖です。上空から見ると楽器の竪琴(ハープ)のようなかたちをしています。ガリラヤ湖のほとりで主イエスが人々にさまざまなたとえ話を語られる場面が福音書に出てきますね。湖の周りは盛り上がった丘陵地帯になっており、その丘の上から撮られた湖の写真は本当に美しいです。太陽の光に輝く水面、水面を進む小舟。緑の丘一面を彩る草花――。国籍を超えて、この景色を見ると誰もが故郷に帰って来たような、懐かしいような気持になるのではないでしょうか。

 

ガリラヤと聞くと、讃美歌の『ガリラヤの風かおる丘で』という讃美歌を想い起こす方もいらっしゃるかもしれません。愛唱讃美歌にされている方も多いのではないでしょか。

 

《ガリラヤの風かおる丘で/ひとびとに話された/恵みのみことばを、/わたしにも聞かせてください》(詞:別府信男、曲:蒔田尚昊)

 

この《ガリラヤの風かおる丘》とは、ガリラヤ湖に面する丘のことですね。この讃美歌を歌っていると、私たちもまたガリラヤ湖畔の丘の上で風を受けながら、イエスさまのお話を聞いているような気持になります。

 

ガリラヤ湖のまわりには当時、いくつもの町が点在していました。人々は舟にのって、町から町へ移動することができました。その湖畔の町の一つに、カファルナウムという町がありました。交通の便も非常に良かった町ですが、主イエスはこのカファルナウムを特に活動の拠点とされたようです。

 

 

 

苦難の地ガリラヤ

 

このような、温暖で緑豊かなガリラヤでありますが、イエス・キリストが生きておられた当時、人々の生活は苦しかったようです。

 

 当時のガリラヤについて記している本を読みますと、ガリラヤの人々は「三重の支配」を受けていた状況にあったことが記されています(山口雅弘氏『イエス誕生の夜明け ガリラヤの歴史と人々』、日本キリスト教団出版局、2002年)。「三重の支配」とは、一つはローマ帝国による支配です。当時イスラエルはローマ帝国の支配下に置かれていました。もう一つは、ガリラヤ領主ヘロデ・アンティパスによる支配です。ガリラヤという地域の領主の支配を受けていたのですね。そしてもう一つは、エルサレム神殿を中心とする国家体制による支配です。

 

 三つ目の「エルサレム神殿を中心とする国家体制」については少し説明が必要かもしれません。

 

エルサレム神殿とは、都エルサレムの中心にあった神殿です。いまは神殿の外壁の部分(嘆きの壁)しか現存していませんが、イスラエル全土から巡礼者が訪れていた、いわゆるユダヤ教の「聖地」です。この神殿の中には、当時「最高法院」という組織がありました。国の宗教的・政治的な決定をなしていた当時の最高の自治機関です。つまりエルサレム神殿とは宗教的な「聖地」であり、同時に政治的な「議事堂」でもあったのですね。

 

最高法院に属する指導者たちはローマ帝国や領主たちと癒着し、民衆から税を取り立てていました。ローマ帝国の支配から民衆を守るのではなく、むしろローマの権威を後ろ盾にして、民衆に重い税を課し、農作物を搾取していたのです。社会の構造が、そのように不平等なものとなってしまっていました。ガリラヤの人々がせっかく収穫した豊かな農作物も、その多くが税として奪われてしまっていたのですね。

 

以上述べましたように、当時、ガリラヤの人々は三重もの支配の中で、苦しい生活を強いられていました。そのようなガリラヤにてイエス・キリストはお生まれになり、そして成長されました。ガリラヤの人々の生活の労苦をつぶさに御覧になりながら、成長されていったことでしょう。

 

 

 

洗礼者ヨハネとイエス・キリスト

 

 改めて、本日の聖書箇所をお読みいたします。本日の聖書箇所は、主イエスがガリラヤにて、公の活動を開始する、その始まりの場面です。

 

マタイによる福音書41217節《イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。/そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。/それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。/「ゼブルンの地とナフタリの地、/湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、/異邦人のガリラヤ、/暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」/そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた》。

 

 冒頭に、《イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた》と記されています。

 

ヨハネとは、ヨルダン川で主イエスに洗礼を授けた洗礼者ヨハネのことです。ヨハネはガリラヤ領主ヘロデの不義を批判したために、ヘロデから怒りを買い、捕えられ牢につながれてしまっていました。その後、ヨハネはヘロデの策略によって命を奪われることとなります。

 

 洗礼者ヨハネがその活動の中で批判していたのは、先ほど述べました当時のイスラエルの不平等な社会のあり方でした。とりわけヨハネが徹底的に批判したのが、エルサレム神殿を中心とする搾取の構造でした。宗教的な指導者たちは神殿の内に閉じこもり、神殿の外にいる困窮している人々の声を聞こうとしない。神殿にて礼拝は熱心にささげているが、神殿の外にいる貧しい人びとの存在には目を留めない。律法を文言通り忠実に守っているが、その律法の枠組みの外にいる人々の苦しみに目を向けることはない。

 

そのような信仰深さとは、見せかけの信仰深さであり、実際のところは神に対して不誠実な態度をとっているのではないかとヨハネは厳しく批判しました。神に対して誠実であるということは、隣人に対しても誠実であること、とりわけ弱く貧しい立場に置かれた人々に対しても誠実であることなしにはあり得ないというのがヨハネの考え方でした。ヨハネは「神を大切にする」と同時に、「人間も大切にする」社会のあり方への方向転換を訴えたのだということができます。そのような社会を求めて、ヨハネは「悔い改め」――すなわち「心の方向転換」を訴えました。《悔い改めよ。天の国は近づいた》32節)

 

洗礼者ヨハネのこれら言説は当然、宗教的・政治的な指導者たちからは危険視されることとなりました。そうしてついにヨハネは逮捕されてしまうわけですが、この洗礼者ヨハネの逮捕とちょうど時を同じくして、主イエスはガリラヤで活動を開始されます。まるでヨハネからリレーのバトンを受け継ぐようにして。

 

実際、マタイによる福音書はそのような意図を込めて、この冒頭の一文を記しているのでしょう。マタイにおいて、イエス・キリストは洗礼者ヨハネの後を引き継ぎ、そしてそれを完成へと導く存在であるのです。

 

マタイによる福音書において、主イエスは洗礼者ヨハネとまったく同じ言葉をもって、その宣教を開始されます。《悔い改めよ。天の国は近づいた》417節)。ここには、洗礼者ヨハネと主イエスの「連続性」を強調したいというマタイの意図があります。洗礼者ヨハネからしっかりとバトンを受け取って主イエスが活動を開始されたのだ、ということをマタイは強調しているのですね。ということは、主イエスはヨハネからエルサレム神殿を中心とする社会のあり方への批判精神をしっかりと受け継いでおられるということになります。

 

 

 

《異邦人のガリラヤ》

 

 本日の聖書箇所では、イザヤ書の言葉が引用されています。《ゼブルンの地とナフタリの地、/湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、/異邦人のガリラヤ、/暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射し込んだ》(イザヤ書823節、91節の自由な引用)

 

 この中に、《異邦人のガリラヤ》という言葉が出てきます。

「異邦人」とは他民族――イスラエルの人々であれば、イスラエル民族以外の人々――を指し示す言葉ですが、「自分たちとは異なる神を信じる人々」という意味が込められている言葉です。

 

 ガリラヤに住んでいた人々の多くは実際にはイスラエル民族に属する人々でした。その意味で《異邦人のガリラヤ》という呼称は不正確なのですが、ガリラヤが《異邦人のガリラヤ》と呼ばれたことには歴史的な背景があります。そこには、紀元前8世紀に起こった、北イスラエル王国の滅亡という悲劇的な出来事が関係しています。ガリラヤを含む北イスラエル王国は紀元前8世紀にアッシリア帝国によって滅ぼされ、その後アッシリアによって他民族との混交政策が行われました。このような背景があり、ガリラヤ地方は《異邦人のガリラヤ》と呼ばれるようになったのですが、《異邦人のガリラヤ》という言い方は、南のユダ王国の人々から見た呼び方であるということが分かります。エルサレムを都とする南の人々が、北の人々を蔑む表現として、《異邦人のガリラヤ》という呼称を用いることがあったようです(参照:山口雅弘氏『イエス誕生の夜明け ガリラヤの歴史と人々』)

 

 このことから、ガリラヤは差別を受けていた地域でもあったということが分かります。「中央」から見下されていた地域であったわけです。主イエスはそのガリラヤに拠点を置き、そこで活動をされました。主イエスがエルサレムで活動されたのはご生涯の最期のごくごく短い期間です。エルサレムにて、主イエスは権力者たちによって捕らえられ、そして十字架刑に処せられることになります。

 

 

 

暗闇に射し込む光

 

 以上述べてきましたように、ガリラヤの人々は何重もの税に苦しみ、また中央からの理不尽な差別に苦しみ続けられてきました。人間らしい当たり前の生活をすることができないでいた。そのような状況が続いてゆくと、自尊心は失われ、生きる力は奪われてゆきます。生きる喜びも、希望も奪われてゆきます。多くの人が暗闇の中を歩むような想いで日々を過ごしていたことでしょう。

 

そのようなガリラヤの地に、光が射し込んだ、と本日の聖書箇所は語ります。《異邦人のガリラヤ、/暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射し込んだ》1516節)。光をもたらしてくださる方が、イエス・キリストその方です。かつて預言者が語った預言が、イエス・キリストを通してついに成就したのだとマタイ福音書は語ります。

 

「暗闇の中に住む」は「暗闇の中に座る」とも訳すことができる言葉です。人々は暗闇の中に座り込んでいた。搾取と抑圧と差別の中で自尊心が奪われ、もはや立ち上がれないでいる状態であった。そのような人々に、イエス・キリストを通して光が射し込み始めた。まるで朝日が昇るように、光が昇り始めた。

 

 

 

「なぜなら、天の国は近づいた」

 

光の中で、主イエスは私たちに呼びかけておられます。《悔い改めよ。天の国は近づいた》17節)。「心の向きを変えよ。なぜなら、天の国は近づいた」と。

 

「天の国」とは、「神の国」と同じ意味の言葉です。「神」という言葉を直接的に用いるのを控えて、ここでは代わりに「天」という言葉が使われています。意味としては同じです。

 

「天の国」または「神の国」とは、どのような場所のことを言っているのでしょうか。ここで宣べ伝えられている「天の国」とは、ある特定の国家のことを指しているわけではありません。そうではなく、「一人ひとりに神さまからの尊厳が与えられている場」が天の国の意味するところである、と受け止めてみたいと思います。

 

 一人ひとりに神さまからの尊厳の光がもたらす天の国が近づいている。だからこそ、心の向きを変えよう。尊厳の光へと、私たちのまなざしを向け変えよう。そう主イエスは呼びかけて下さっています。主イエスはこの光を取り戻すために、私たちのもとに来てくださいました。

 

神さまの目から見て、一人ひとりがかけがえなく貴いのだ、ということ。一人ひとりの内にその尊厳の光が輝いているのだ、ということ。この光に照らされて、私たちは再び立ち上がってゆく力を与えられてゆきます。立ち上がれないでいた私たちの心は、再び立ち上がってゆくことができます。

 

「心の向きを変えよ。なぜなら、天の国は近づいた」。この言葉はいま、私たち一人ひとりに向かっても語られています。どうぞいま、この主の呼びかけに心を開き、その光に私たちのまなざしを向けたいと思います。