2017年7月16日「人の子は安息日の主」

2017716日 花巻教会 主日礼拝

聖書箇所:マタイによる福音書12114

「人の子は安息日の主」

 

 

 

マタイによる福音書12114節《そのころ、ある安息日にイエスは麦畑を通られた。弟子たちは空腹になったので、麦の穂を摘んで食べ始めた。/ファリサイ派の人々がこれを見て、イエスに、「御覧なさい。あなたの弟子たちは、安息日にしてはならないことをしている」と言った。/そこで、イエスは言われた。「ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。/神の家に入り、ただ祭司のほかには、自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べたではないか。/安息日に神殿にいる祭司は、安息日の掟を破っても罪にならない、と律法にあるのを読んだことがないのか。/言っておくが、神殿よりも偉大なものがここにある。/もし、『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』という言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう。/人の子は安息日の主なのである。」/

 

イエスはそこを去って、会堂にお入りになった。/すると、片手の萎えた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、「安息日に病気を治すのは、律法で許されていますか」と尋ねた。/そこで、イエスは言われた。「あなたたちのうち、だれか羊を一匹持っていて、それが安息日に穴に落ちた場合、手で引き上げてやらない者がいるだろうか。/人間は羊よりもはるかに大切なものだ。だから、安息日に善いことをするのは許されている。」/そしてその人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。伸ばすと、もう一方の手のように元どおり良くなった。/ファリサイ派の人々は出て行き、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した》

 

 

 

安息日の掟

 

本日の聖書箇所において、「安息日」という言葉がでてきました。週の第七の日、ユダヤ教では金曜日の日没から土曜日の日没までがそれにあたります。イスラエルの人々にとって、安息日は単なる休日ではありませんでした。十戒の第四戒には《安息日を心に留め、これを聖別せよ》という掟が記されています(出エジプト記208節)。イスラエルの人々は、旧約聖書の時代から、この安息日を特別な、聖なる日として、大切に守り続けてきました。

 

安息日が設けられたことの根拠は、創世記の天地創造の場面に由来します。《六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである(同11節)。神さまがこの世界をお造りになったとき、六日の間にすべてのものを造り、七日目には休まれた(創世記223節)、ということが安息日の由来となっています。

 

安息日におけるさまざまな決まりごとは旧約聖書の律法に記されていますが、中でも厳格に定められていたのは、「労働の禁止」です。安息日には、あらゆる労働が禁止されていました。人々は安息日には労働を中断し、神さまに対して時間をささげました。《六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、/七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である(同910節)

 

安息日の掟がどれほど厳格なものであったか。律法の中には《だれでも安息日に仕事をする者は必ず処刑に処せられる》という文言さえあります(出エジプト記3115節)。現代の日本に生きる私たちからするとギョッとするといいますか、びっくりするような文言ですね。

 

 

 

自分たち独自の信仰を守るために

 

なぜそこまで古代イスラエルの人々が安息日を厳守しようとしたのかというと、そうすることで、他宗教・他民族と自分たちを「区別」するという意図があったのだと思います。他の諸民族の人々がせっせと働く中、安息日にはイスラエルの民は決して労働しない。他の民族から見るとまことに奇異に映るその姿が、イスラエルと諸民族とを「区別」するしるしとされていたのですね。そしてイスラエルの人々にとってはそれが自分たちが主なる神さまから特別に「選ばれている」ことの証しとなりました。

 

このことは、別の言い方をしますと、古代イスラエルの人々がそれほど周囲と「渾然一体」になりやすい状況に置かれていた、ということでもあります。旧約聖書の時代、イスラエルは周囲の強大な国々の脅威にさらされ続けていました。いわば、弱い立場にある民族であったのです。政治的に、文化的に、宗教的に、他の民族からの影響を多分に受けやすい環境にありました。私たち現代の日本に生きる者たちにとっては、安息日の掟が「頑な」「偏狭」といったマイナスのイメージをもって感じられることもあるかもしれません。しかし、それほど自分たちの信仰の固有性を意識し、周りに対して「壁」を築いてゆかないと、イスラエル独自の信仰がたやすく見失われてしまうという状況にさらされていたのだということを理解する必要があると思います。

 

弱い立場にある民族が生き残ってゆくためには、周囲と「同化」または「協調」してゆく道の方が、賢明であるようにも思えます。けれども古代イスラエルの民はあくまで神さまの言葉(=律法)に基づいて、自らを他と「区別」して生きてゆくことを選び取ってゆきました。最近はやりの言葉を用いるなら、旧約聖書の民は「イスラエルファースト(イスラエル民族中心主義)」の道を歩む決断をしていったのです。

 

現在を生きる私たちの目には、時に奇異に映る律法の厳格さも、自分たち独自の信仰を守ってゆくための厳しさであったのだと受け止めることができるでしょう。自分たちを他の「区別」するために大きな役割を果たしたのが、一つは、安息日の掟をはじめとする「律法」であり、もう一つは「神殿での祭儀」でした。

 

一方で、旧約聖書の中には、そのような「内向き」な姿勢が含む危うさへの警鐘の言葉も同時に記されていることも私たちは忘れてはならないでしょう(預言書、ヨブ記など)。たとえばこの姿勢から、律法を守ることができない人を自分たちの仲間ではないとみなし、共同体から「差別」し「排除」してしまう構造が生じる危険性があります。実際、そのようにして共同体の外へ排除された人々がたくさんいたことが福音書には記されています。これから述べますように、イエス・キリストもまたこの「排他的な」姿勢が含む問題点を鋭く指摘し、そしてそれを乗り越えてゆくための新しい価値観を提示されました。

 

 

 

《わたしが求めるのは人の痛みが分かることであって、いけにえではない》

 

 イエス・キリストが生きておられた時代も、安息日は厳格に守るべきものとされていました。排他的な姿勢が再び盛り上がっていた時代であったということができるでしょう。そのような状況にあって、本日のマタイによる福音書の聖書箇所においては、主イエスが安息日の掟を破った――ようにも見える――場面が記されています。

 

マタイによる福音書1218節《そのころ、ある安息日にイエスは麦畑を通られた。弟子たちは空腹になったので、麦の穂を摘んで食べ始めた。/ファリサイ派の人々がこれを見て、イエスに、「御覧なさい。あなたの弟子たちは、安息日にしてはならないことをしている」と言った。/そこで、イエスは言われた。「ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。/神の家に入り、ただ祭司のほかには、自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べたではないか。/安息日に神殿にいる祭司は、安息日の掟を破っても罪にならない、と律法にあるのを読んだことがないのか。/言っておくが、神殿よりも偉大なものがここにある。/もし、『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』という言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう。/人の子は安息日の主なのである。」

 

 ある安息日に主イエスと弟子たちの一行が麦畑を通って行った時のことです。弟子たちは空腹のあまり、麦の穂を摘んで食べ始めました。弟子たちのその姿が、ファリサイ派の人々の目に留まりました。ファリサイ派は、律法を厳格に守ることにより、自分たちを他と「区別」することの特に重視していたグループです。

 

ファリサイ派の人々は、この麦の穂を摘む行為が安息日に禁止されている「労働」に当たるとして、問題視したのでした。ファリサイ派の人々は主イエスに、「御覧なさい。あなたの弟子たちは、安息日にしてはならないことをしている」と抗議しました。

 

 主イエスは旧約聖書の中にも安息日の規定に違反してもとがめられることがなかった事例があることを指摘しつつ(35節)、このようにおっしゃいました。78もし、『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』という言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう。/人の子は安息日の主なのである》。

 

引用されている《わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない》は、旧約聖書のホセア書(66節)の言葉です。ここでの「わたし」とは、神さまのことです。預言者ホセアが、神殿で犠牲の献げ物(いけにえ)を献げることに熱中している宗教的な指導たちを批判した言葉です。神殿の外では多くの人々が苦しんでいる現状があるにも関わらず、指導者たちは神殿の内で「いけにえ」を献げる祭儀にばかり熱心に取り組んでいました。

 

 この一節を、カトリックのフランシスコ会司祭の本田哲郎神父は《わたしが求めるのは人の痛みが分かることであって、いけにえではない》と訳しています(本田哲郎訳『小さくされた人々のための福音書――四福音書および使徒言行録』、新世社、2001年)。大胆な訳ですが、素晴らしい訳であると思います。

 

「神殿で献げ物をささげる」ことよりも、「人の痛みが分かる」ことの方が大切であり、それこそ神さまが私たちに願っておられることだと語られたのです。またここには、「安息日を厳守する」ことよりも、「人の痛みが分かる」ことの方が大切であるというメッセージも込められています。さらに言い換えると、「自分たち独自の信仰を守る」ことより、「人の痛みが分かる」ことの方が大切だ、ということとなります。この主イエスの言葉が、当時どれほど人々を驚かせるものであったかは、想像に難くありません。

 

律法を厳格に守り、自分たちの信仰を守ろうとする姿勢は、まことに尊いものだということができます。自分たち独自の信仰を懸命に守ろうとする姿勢は、尊いものです。ただ、この姿勢が陥ってしまう危険性は、いま目の前にいる人々のことが見えにくくなってしまう、ということです。神さまのことばかりを見ようとして、いま目の前で痛みを覚えている人々のことが見えなくなってしまう。ファリサイ派の一部の人々も律法を厳守しようとするあまり、そのような状態に陥っていたのでありましょう。主イエスはいま目の前にいる人の痛みを感じ取り、そこから行動を起こそうとすることがまず第一に大切であることを伝えてくださいました。

 

私たちは日々の生活の中で、「痛みを痛みとして感じとる」感性が鈍って行ってしまうものです。気が付くと、私たちは人の痛みに対して、また自分自身の痛みに対して無感覚になってしまっているように思います。ファリサイ派の一部の人々の姿が示しているように、自分たちが信仰的に「正しく」あろうとする余り、また、全体(団体、組織、宗教、民族……)の都合を第一とする余り、人の痛みや苦しみに鈍感になってしまうということもあるでしょう。

 

痛みに対する感性の欠如は、現在私たちの社会で起こっているさまざまな問題に関わっているように思います。痛みに対する感性を取り戻すことは、いまを生きる私たちにとって切実なる課題なのではないでしょうか。

 

マタイによる福音書においては、主イエスは必ずしも律法を軽んじていたのだというふうには描かれていません。むしろ、律法の土台にあるものこそ、この「憐れみ=痛みを感じとる」の精神なのである、というふうに捉えられています。《わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである(マタイによる福音書517節)

 

残念ながら、主イエスのこのお考えは当時の人々から理解されず、むしろ多くの人々から反感を買ったようです。本日の聖書箇所の最後にも《ファリサイ派の人々は出て行き、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した14節)という一文が記されています。

 

 

 

人の子は安息日の主

 

 マタイによる福音書には、主イエスご自身が、私たちの痛みを分かってくださる方であることが記されています。マタイによる福音書93536節《イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。/また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた》。

 

 主イエスは目の前にいる人々が弱り果て、うちひしがれている様子を見て、深く憐れまれました(36節)。この部分を岩波訳聖書は《さて、彼は群衆を見て、彼らのことで腸のちぎれる想いに駆られた》と訳しています。主の憐れみとは、上から目線の憐憫の情ではなく、はらわたがちぎれる想いでの「痛みの共有」であることが表されています。主イエスは私たちの痛みを分かっていてくださる方であり、私たちの痛みをご自分の痛みとしてくださっている方です。

 

8節に《人の子は安息日の主なのである》という言葉がありました。ここでの「人の子」とはイエス・キリストご自身を指しています。イエス・キリストが、安息日の主――安息日の掟は、根底にこの主の憐れみがあってこそ、成り立つものです。主の憐れみが、あらゆる律法の掟の土台にあるものだからです。それは聖書の言葉一つひとつにおいても、そうでありましょう。主の憐れみが土台にあってこそ、聖書の言葉一つひとつは命の光をもち始めます。

 

私たちの心が主の憐れみにより再び柔らかになり、「痛みを痛みとして感じとってゆく」ことができますよう、ご一緒に祈りを合わせたいと思います。