2017年7月2日「主の道を準備する」

201772日 花巻教会 主日礼拝

聖書箇所:マタイによる福音書11224

「主の道を準備する」

 

 

 

マタイによる福音書11224節《ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。そこで、自分の弟子たちを送って、/尋ねさせた。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」/イエスはお答えになった。「言って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。/目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音が告げ知らされている。/わたしにつまずかない人は幸いである。」/ヨハネの弟子たちが帰ると、イエスは群衆にヨハネについて話し始められた。「あなたがたは、何を見に荒れ野へ行ったのか。風にそよぐ葦か。/では、何を見に行ったのか。しなやかな服を着た人か。しなやかな服を着た人なら王宮にいる。/では、何を見に行ったのか。預言者か。そうだ。言っておく。預言者以上の者である。/『見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、/あなたの前に道を準備させよう』と書いてあるのは、この人のことだ。/はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。しかし、天の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。/彼が活動し始めたときから今に至るまで、天の国は力ずくで襲われており、激しく襲う者がそれを奪い取ろうとしている。/すべての預言者と律法が預言したのは、ヨハネの時までである。/あなたがたが認めようとすれば分かることだが、実は、彼は現れるはずのエリヤである。/耳のある者は聞きなさい。/

 

今の時代を何にたとえたらよいか。広場に座って、ほかの者にこう呼びかけている子供たちに似ている。/『笛を吹いたのに、/踊ってくれなかった。/葬式の歌をうたったのに、/悲しんでくれなかった。』/ヨハネが来て、食べも飲みもしないでいると、『あれは悪霊に取りつかれている』と言い、/人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。しかし、知恵の正しさは、その働きによって証明される。」/

 

それからイエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた。/「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前たちのところで行われた奇跡が、ティルスやシドンで行われていれば、これらの町はとうの昔に荒布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない。/しかし、言っておく。裁きの日にはティルスやシドンの方が、お前たちよりまだ軽い罰で済む。/また、カファルナウム、お前は、/天にまで上げられるとでも思っているのか。/陰府にまで落とされるのだ。/お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。/しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済むのである。」》

 

 

 

創立記念礼拝

 

本日はご一緒に花巻教会の創立記念礼拝をささげています。花巻教会が創立されたのは1907721日。内丸教会で開かれたバプテスト東北部会において、花巻教会は正式に伝道所として認められました。今年で109年、来年はちょうど創立110周年に当たります。これまでの歩みが、神さまと多くの方々によって支えられましたことを感謝するとともに、これからの歩みのために共に祈りを合わせてゆきたいと思います。

 

 

私の祖父のこと

 

初めに少し私個人の話をいたしますと、私が花巻教会に赴任したのは20134月、今年で5年目となります。神学校の学長先生より推薦をいただいて、赴任しました。私は生まれは京都、育ちは大阪で、岩手に住むのは初めてでした。ただ、父方の祖父は仙台の出身でしたので、東北とまったくつながりがなかったわけではありません。

 

また、この父方の祖父は花巻教会とつながりがございます。祖父は広島の因島にあります日本バプテスト同盟 土生教会の牧師をしていました。私自身、花巻教会に赴任してから初めて知ったことですが、祖父はまだ神学生であった1938年に、ひと夏の間、実習(夏期伝道実習)でこの花巻教会に来ていたようです。花巻教会に赴任した年、教会の記念誌の年表の中にたまたま祖父の名前を見つけ、びっくりしました。

 

さらに、祖父の実習を機に、祖父と神学校の同級生であった鈴木實先生が花巻教会の3代目の牧師として赴任された、ということも知りました。このことは、鈴木實先生の説教集に収録されたお連れ合いの鈴木レツさんの手記に記してありました。

《花巻バプテスト教会は一九〇八年(明治四一)創立され、一九三七年(昭和一二)四月に二代目の木村文太郎牧師辞任の後は無牧であった。その翌年夏期伝道に青山学院の神学生鈴木正弘氏の応援があったのを機に、役員奥山清氏が東京に川口教授を訪ねて牧師の推挙を依頼し、實にも会い、その卒業の日を待ったという》(『神に聴く 鈴木 實の宣教』、220頁)

長らく花巻教会を役員としてお支え下さった奥山清さんは、若き日の祖父と会っていた、ということになります。それから70数年の時を経て、孫である私が花巻教会で赴任したということは、何か不思議なつながりを感じております。祖父は私が小学生の時に天に召されましたが、私が牧師となって、花巻教会に赴任したことをきっと天国で喜んでくれていることでしょう。

 

 

 

教団新生会「教師会」in 花巻&内丸

 

先週の626日(月)から28日(水)にかけて、教団新生会の全国の「教師会」が花巻教会と内丸教会を会場として行われました。とても豊かな学びと交わりの時となり感謝です。

 

教団新生会というのは、プロテスタント諸教派の中のバプテストの伝統をもつ教会の集まりです。プロテスタントにはさまざまな個性豊かな教派がありますが、バプテストはそれら教派の中の一つです。

 

バプテストの語源となっているのはギリシャ語の「バプテスマ」という言葉です。日本語に訳すと「洗礼」です。この「バプテスマ」というギリシャ語は元来、「全身を浸す」という意味をもっている言葉です。バプテスト教会では、この元来の意味を尊重して、現在も洗礼(バプテスマ)を「浸礼」で行っています。講壇の奥の地下には洗礼槽(バプテストリー)がございまして、そこに水を張り、洗礼を受ける方は水の中に頭まで浸かります。先日の4月のイースター礼拝でも、この「浸礼」のやり方で洗礼式が執り行われました。

 

現在、教団新生会に属する教会・伝道所は日本全国で23あります。少数と言えば、少数ですね。岩手では、花巻教会、遠野教会、内丸教会、新生釜石教会の4教会が教団新生会に属しています。教団新生会に属する教会は少数ですが、バプテストの伝統をもつ団体は全国にたくさんございます。その中に、日本バプテスト連盟と日本バプテスト同盟があります。この二つの団体と教団新生会は、もともとは同じグループでした1918年、日本バプテスト教会 形成。1940年、日本バプテスト教団 設立)1939年に宗教団体法が創設され、キリスト教の諸教派が国家によって強制的に合同させられ、1941年に日本基督教団が設立しました。その際、バプテストの伝統をもつ諸教会も日本基督教団に合同したわけですね。

 

戦後、バプテストの教会の中では日本基督教団から離脱する教会と、そのままとどまる教会とに分かれました。離脱することを選択した教会は日本バプテスト連盟を設立し1947年)、現在に至っています。日本基督教団にとどまることを選択した教会は日本基督教団 新生会を形成しました1948年)

 

後者の日本基督教団 新生会(1953年に基督教新生会に改称)はその後、さらに二つのグループに分かれます。日本基督教団から離脱することを選択した教会は、日本バプテスト同盟を設立し1958年)、現在に至っています。日本基督教団にとどまることを選択した教会は教団新生会を結成し、現在に至っています1959年)。口頭の説明ではちょっと分かりづらいかと思いますが、先日の626日(月)から28日(水)にかけて開かれた集まりというのは、この教団新生会の集まりであったわけですね。

私の祖父は、日本基督教団から分かれて、日本バプテスト同盟を設立する選択をした一人でしたが、もともとは同じグループであったということで、教団新生会の先生の中には祖父を知っている方もいらっしゃいました。この度の教団新生会の教師会では講師として、日本バプテスト同盟の角谷晋次先生(盛岡仙北町キリスト教会牧師、山形村チャペル牧師)をお招きしました。角谷先生も私の祖父をご存じでいらっしゃいました。私の祖父は福音丸という船に乗って瀬戸内海の島々を伝道していましたが、教師会の親睦会の席で、福音丸と祖父のことが話題となったことも、嬉しいことでした。

 

今後は教団新生会の諸教会のみならず、もとは同じグループであった日本バプテスト同盟、日本バプテスト連盟の諸教会の皆様とも、交流を深めてゆけたらと思っております。

 

 

 

洗礼者ヨハネ ~主の道を準備する

 

本日の聖書箇所では、洗礼者ヨハネという人物が出て来ます。洗礼者ヨハネは、イエス・キリストが宣教の旅に出るより先に、ヨルダン川で洗礼(バプテスマ)を授ける活動をしていた人です。川に入って、頭までザブンと水に浸かるというやり方ですね。先ほど「浸礼」について述べましたが、「浸礼」はこの洗礼者ヨハネの洗礼にさかのぼります。

 

キリスト教では、この洗礼者ヨハネをイエス・キリストの「先駆者」と捉えてきました。救い主イエス・キリストの到来を前に、その「道」を準備する先駆者として受け止めてきたのですね。本日の聖書箇所にはこのように記されていました。マタイによる福音書1110節《『見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、/あなたの前に道を準備させよう』と書いてあるのは、この人のことだ》。

 

 ここで、イエス・キリストが「道」と表現されているのが印象的です。そして、洗礼者ヨハネは、その「道」を整え、準備した人物であったのだ、と。でこぼこの地面を平らにし、まっすぐにする役割を果たしたのが、ヨハネでありました。

 

確かに、キリスト教は世界的な「宗教」の一つとなっています。けれども私はイエス・キリストの教えとは、「宗教」である以前に、人がどう生きるかを伝える「道」であると受け止めています。実際、キリスト教が生まれ出て間もない頃、キリスト教は「この道」という名称で呼ばれていたようです(使徒言行録92節)

 

 

 

神の国の福音 ~「わたしの目にあなたは価高く、貴い」

 

旧約聖書のイザヤ書に、「わたしの目にあなたは価高く、貴い。わたしはあなたを愛している」という言葉があります(イザヤ書434節)。神さまの目から見て、一人ひとりが、かけがえなく貴い存在であることを伝える言葉です。イエス・キリストは、この神の国の福音を私たちに伝えてくださいました。神さまが私たちを大切にしてくださっているように、私たちも互いを大切にして生きてゆく――これが、イエス・キリストが伝えてくださっている「道」です。私たちは共に「この道」を歩むようにと招かれています。

 

一方で、悲しむべきことに、それがなかなか実現できていない現実があります。本日の12節には、《彼(注:洗礼者ヨハネ)が活動し始めたときから今に至るまで、天の国は力ずくで襲われており、激しく襲う者がそれを奪い取ろうとしている》と記されていました。聖書が記された時代にも、神の国の福音がないがしろにされてしまっている現実がありました。洗礼者ヨハネもまたこの後、権力者によって命を奪われてしまうことになります。

 

私たちのいまの社会は、「道」が見失われた状況にあるのではないでしょうか。目の前にあるのは、でこぼこの、砂や泥に埋もれた、どこが道であるかよく分からない、道なき道です。そのような状況にある私たちですが、足を止め、心を静かにし、神さまの愛に立ち帰るとき、私たちの心の目に再び「道」が見えてきます。「わたしの目にあなたは価高く、貴い。わたしはあなたを愛している」――この福音の言葉に立ち返るとき、キリストの「道」はすでに私たちの間にまっすぐに通されていることに気づいてゆきます。そして、私たちが一歩一歩、「この道」を現実に歩んでゆくことを通して、神さまの福音はさらに私たちの目にはっきりと見えるものとなってゆくでしょう。

 

 

 

「この道」を共に歩む

 

神さまの目から見ると、一人ひとりが、かけがえなく、貴い。あなたという存在は、かけがえなく、貴い。「かけがえがない」ということは、「替わりがいない」ということです。あなたという存在の替わりになる人は、誰一人いません。だからこそ、あなたという存在は大切で、決して失われてはならないのです。あなたが幸せに、喜びをもって生きてゆくことこそが、神さまが願いであると信じています。

 

神さまが私たちを大切にしてくださっているように、私たちも互いを大切にすることができますように――。創立記念礼拝をささげるにあたって、「この道」を共に歩む決意をご一緒に新たにしたいと願います。