2018年10月7日「天にいる愛する人々と共に」

2018107日 花巻教会 召天者記念礼拝説教 

聖書箇所:コリントの信徒への手紙一15311

 

 

天にいる愛する人々と共に

 

コリントの信徒への手紙一15311節《最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、/葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、/ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。/次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。/次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、/そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。/わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。/神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。/とにかく、わたしにしても彼らにしても、このように宣べ伝えているのですし、あなたがたはこのように信じたのでした

 

 

 

召天者記念礼拝 

 

本日は、天に召された方々を覚えて、礼拝をおささげしています。

 

この一年間、私たちは愛する方々を天にお送りしました。今年の17日(日)、教会関係者である村上顕先生のご葬儀が花巻教会で執り行われました。77年のご生涯でした。村上先生は長らく関東学院大学宗教主事を務められ、近年は東和ハーモニー指揮も務めておられました。

 

828日(火)、教会員の斉藤一恵さんが天に召されました。71歳でした。92日にご葬儀が執り行われました。916日には花巻教会にて、斉藤一恵さんを偲ぶ会が行われました。

 

村上顕先生、斉藤一恵さんのご遺族の皆様の上に、つながりのあるすべての皆様の上に、神さまよりの慰めがありますようお祈りいたします。また本日、天に召された愛する方々を覚えて礼拝に集われたお一人お一人の上に、主よりの慰めとお支えがありますようお祈りいたします。

 

 

 

思い出のアルバム

 

花巻教会では召天者記念礼拝の際は、講壇の前に天に召された方々のお写真を並べています。そのお一人お一人との間に、皆さんも、かけがえのない思い出があることと思います。その思い出の一部を、これから少し皆さんと分け合いたいと思います。教会に保存されているアルバムの中から、お写真をご一緒に観てゆきます。どうぞスクリーンをご覧下さい。

 

~思い出のアルバム~(スクリーンの画像を参照)

 

①「旧会堂」。いまの会堂に建て替える前の会堂の写真です。

 

②「集合写真(年月日不明)」。教会で保存されている中では、おそらく最も古い写真です。40年以上前でしょうか。信仰の先輩方のお顔が並んでいます。中央に映っているのは当時の牧師であった𠮷川文子先生です。𠮷川文子先生は2年前の1019日に神さまのもとに召されました。

 

③「19841224日 クリスマス愛餐会」。有志の皆さんによる降誕劇の様子です。

 

④「同 クリスマス愛餐会」。平賀大典さんと喜代美さんとご家族が写っています。先日(811日)、大典さんの召天7周年の記念会をご家族・ご親族の皆様と行いました。

 

⑤「19861220日 教会学校クリスマス」。講壇の前に立っているのは𠮷川文子先生。たくさんのお子さまと共にクリスマスをお祝いしています。

 

⑥「同 教会学校クリスマス」。奥山清さん扮するサンタクロースです。

 

⑦「19871224日 クリスマス・イブ」。子どもたちによる合唱。斉藤一恵さんと三田照子さんも一緒に歌っています。

 

⑧「198873日 創立80周年 記念写真」。創立80周年記念礼拝の集合写真です。

 

⑨「19981225日 クリスマス(主のホームにて)」。後方にいらっしゃるのは当時の牧師であった菊池丈博先生ご家族です。𠮷川先生、三田照子さん、斉藤一恵さん、上野あかりさんも一緒です。

 

⑩「20031221日 クリスマス・洗礼式」。菅原かなえさんの洗礼式が行われました。かなえさんの隣に座っておられるのが、当時の牧師であった松本敦博先生です。松本先生はこの翌年にご病気により神さまのもとに召されました。

 

⑪「2005515日 ペンテコステ」。中央におられるのが、当時説教のご奉仕をしてくださっていた白砂千衣子先生です。

 

⑫「2005924日 新会堂・牧師館 定礎式」。左端におられるのが、当時代務を務めてくださった村上義治先生(舘坂橋教会牧師)です。

 

⑬「新会堂」。2005年に、現在の会堂になりました。

 

⑭「20051223日 新会堂にてはじめてのクリスマス・イブ礼拝」。新会堂にて初めてのクリスマス・イブ礼拝です。ろうそくの光がきれいです。


⑮「20051225日 クリスマス礼拝」。その二日後のクリスマス礼拝です。

 

⑯「20051225日 クリスマス礼拝 愛餐会」。クリスマス礼拝後の愛餐会のワンシーンです。上野裕子さん、花さん、斉藤一恵さんが笑顔で並んでいます。

 

⑰「2007716日 山元克之先生・基子さん結婚式」。当時牧師であった山元克之先生とお連れ合いの基子さんの結婚式の写真です。

 

⑱「2008629日 創立100周年 記念写真」。創立100周年記念礼拝の集合写真です。

 

⑲「20101219日 クリスマス礼拝」。このときは韓国からの留学生の皆さんがたくさん教会に来てくださっていました。

 

⑳「2013113日 教会バザー」。食券売り場にて、佐藤三夫さんと畠山カツさんのツーショット。

 

㉑「2014113日 教会バザー」。中央には三田照子さんと三田望さんもおられます。右端にはお隣にお住まいの橋本さんご夫妻もおられます。橋本登さんは201612月に神さまのもとに召されました。

 

㉒㉓「201555日 柳谷 明先生・迪子さん 結婚50周年感謝礼拝・愛餐会」。柳谷明先生・迪子さんの結婚50周年感謝礼拝後の愛餐会の様子です。5本のローソクがともったケーキのプレゼント。

 

㉔「2015524日 三田照子さんに戦争体験を聞く」。『信徒の友』(20158月号)の原稿執筆のため、三田照子さんに旧満州からの引き揚げの経験をインタビューした際の写真です。

 

㉕「20151129日 鈴木牧師正教師就任式」。教会の有志の皆さんと『キリストの愛で』を踊りながら賛美しました。

 

㉖「2017416日イースター 洗礼式・転入会式」。上野洋介さんの洗礼式、大野康子さんの転入会式が行われました。1月に天に召された上野裕子さんのお写真をお姉さまがもっています。この翌日、三田照子さんが神さまのもとに召されました。――

 

 ほんの一部ではありますが、ここ40年ほどのお写真をご一緒に観てまいりました。写真を見ていますと、改めてその瞬間のことが改めて鮮明に思い出されるものですね。たくさんの懐かしい笑顔がありました。

 

これら写真の中には、いまは神さまのもとにおられる方々もたくさんおられます。愛する人々は私たちの記憶の中に生きている、のみならず、神さまの大いなる命の中を、いまも私たちと一緒に生きているのだと私は信じています。

 

 

 

復活の希望 ~「死は終わりではない」

 

 聖書は、イエス・キリストが十字架の死より三日目に復活したことを語っています。イエス・キリストが三日目の朝、暗い穴からよみがえられた。そうして、「死は終わりではない」ことの希望を私たちに伝えてくださった。キリスト教はこのことを希望として、この2000年間歩み続けてきました。

 

先ほどお読みした聖書箇所にも、その希望を語る言葉がありました。《最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、/葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと…(コリントの信徒への手紙一1534節)。聖書は、イエス・キリストの復活の出来事を通して、私たちに「死は終わりではない」ということを語りかけています。

 

 

 

天にいる愛する人々と共に

 

 こどもさんびかに『うまれるまえから』という曲があります(詞:富岡ぬい/曲:三島徹)。お誕生日の際に歌う賛美歌です。1番はこのような歌詞です。《生まれる前から 神さまに 守られてきた 友だちの たんじょうび日です、おめでとう》(『こどもさんびか 改定版』より)

 

 私も幼い頃幼稚園や教会学校でこの曲を歌っていて、大好きだった曲です。みんなで歌いながら、「生まれる前から」という表現が不思議だなと思っていました。と同時に、「生まれる前から」というその表現に、言葉ではうまく言えないけど、幼いながらに感動を覚えていました。

 

 神さまは私たち一人ひとりの存在を、「生まれる前から」知っていてくださり、大切に守ってくださっている。それほどまでに神さまの愛は深いのだ、ということを子ども心にこの歌から感じ取っていたのかもしれません。

 

生まれる前から私たちを守ってくださっていた神さま。であるとするなら、私たちがこの生涯を終えるときも、終えた後も、変わらず、私たちを守っていてくださるでしょう。死によっても、私たちの存在は「なかったこと」にはされない。私たちがこの生涯を終えた後も、神さまは私たち一人ひとりをその愛の中に大切に抱き続けてくださるのだと信じています。

 

天に召された愛する人々は、いまは私たちの目には見えなくなりました。しかし、神さまの愛の光の中を、私たちと共に生きています。ですので、私たちは決して独りなのではありません。

 

どうぞいま、天にいる愛する人々の共に神さまの愛に感謝し、神さまに賛美をささげたいと思います。