2018年12月23日「キリストの光が」

20181223日 花巻教会 クリスマス礼拝説教・教会学校と合同 

聖書箇所:ヨハネによる福音書1114 

キリストの光が

 

 

ヨハネによる福音書1114節《初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。/この言は、初めに神と共にあった。/万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。/言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。/光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。/

神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。/彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。/彼は光ではなく、光について証しをするために来た。/その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。/

言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。/言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。/しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。/この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。/

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた

 

 

 

クリスマス礼拝

 

 クリスマスおめでとうございます! 本日はご一緒にクリスマス礼拝をおささげしています。クリスマスは、皆さんもよくご存じのとおり、イエス・キリストの誕生を記念し、礼拝をささげる日です。正確には明後日がクリスマスですが、日曜日の今日、多くの教会がクリスマス礼拝をささげています。

 

 クリスマスは「イエス・キリストの誕生日」と言われることがありますが、正確には「イエス・キリストの誕生を記念する日」です。イエス・キリストが1225日に生まれたかどうかは聖書には書いておらず、イエス・キリストが実際にいつお生まれになったのかははっきりとは分からないからです。

 

いまから千七百年くらい前の紀元3世紀頃から、イエス・キリストがいつ生まれたのかを決める必要が出て来て、様々な経緯を経て、325年に開かれた教会の会議(ニカイア公会議と呼ばれます)にて、「1225日」をクリスマスにすると正式に決定されたそうです(参照:クリスマスおもしろ事典刊行委員会編『クリスマスおもしろ事典』、日本キリスト教団出版局、2003年、17頁)。いずれにせよ、イエスさまがこの世界に来て下さったことを記念し、喜ぶことは大切なことですね。

 

 クリスマスは英語でChristmasと書きます。この単語を途中で区切ると、Christという言葉が浮かび上がってきます。Christmas Christ(キリスト)とMass(ミサ、礼拝)の語が合わさって出来ている言葉です。クリスマスという語には、「キリストを礼拝する」という意味が込められているのですね。その言葉の意味する通り、私たちはいま、イエスさまの誕生を記念し礼拝をささげるために教会に集まっています。

 

 

 

キリストの光

 

講壇の前に飾っているこのリースは、アドベント・クランツといいます。クリスマス礼拝をおささげする今日、4本すべてのろうそくに火がともっています。教会ではクリスマス前のアドベントの時期になると、アドベント・クランツのろうそくに毎週1本ずつ火をともしてゆく風習があります。第4週目である今日は、4本すべてのろうそくに火がともっています。

 

このろうそくの光は、イエス・キリストの誕生によってこの世界にもたらされた「光」を表しています。先ほどご一緒にお読みした聖書箇所には次の言葉がありました。《その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである(ヨハネによる福音書19節)。ここで言われている光が、イエス・キリストの光です。ヨハネによる福音書はイエス・キリストを「まことの光」と呼んでいます。

 

 

 

讃美歌『朝日は昇りて』

 

本日は、クリスマスの賛美歌を1曲ご紹介したいと思います。讃美歌268番『朝日は昇りて』という曲です。このメッセージの後、皆さんでご一緒に歌う讃美歌です。

 

この曲は日本で作られた代表的なクリスマス讃美歌の一つです。作詞されたのは1868年、明治元年頃。私たちが持っている讃美歌集(『讃美歌21』)では作詞者の名前は書いてありませんが、おそらく作者であろうと推定されているのは、奥野昌綱1823-1910年)という方です(参照:日本基督教団讃美歌委員会編『讃美歌21略解』、1998年、176頁)。奥野さんは日本で最初にプロテスタントの牧師となった人の一人です。文語訳聖書の翻訳、讃美歌集の編纂において中心的な役割を果たしたことでも知られています。

 

1番はこのような歌詞でした。《朝日は昇りて 世を照らせり、/暗きに住むひと、来たりあおげ。/知恵に富みたる主 世にいでたり、/この世の悟りも むなしきもの》。

 

《朝日は昇りて 世を照らせり》。朝日が昇ってきて、この世界を照らしている――ここでは、イエス・キリストの光が「朝日」でたとえられています。美しいメロディとあいまって、歌っているとまるでまばゆい朝の光に包まれているような心地になってくる曲です。

 

奥野昌綱という方について少しご紹介したいと思います。奥野昌綱さんが生まれたのは1823(文政6年)、まだ江戸時代の頃です。武士の家に生まれた奥野さんは10歳のとき、徳川家とつながりの深い上野の寛永寺の付き人となりました。その中で仏教や漢学をはじめ、様々な学問を習得してゆきました。成人してからは、長らく寛永寺の輪王寺宮に仕えたそうです。

 

江戸時代末期になると、奥野昌綱さんの人生に大きな変化が生じます。1867年に第15代将軍の徳川慶喜が明治天皇に大政奉還、翌年の1868年には戊辰戦争が勃発。戊辰戦争とは、明治政府を樹立した新政府軍と、江戸幕府および奥羽越列藩同盟の闘いのことを言いますね。そうして、260年あまり続いた江戸幕府は終わりを告げることとなりました。奥野さんは戊辰戦争にも参与しましたが、幕府の崩壊によって、地位も財産も失ってしまうこととなります(参照:同、336頁)

 

「江戸幕府の崩壊」という経験は、私たちの想像を絶するものであったのではないかと思います。地位や財産を失うことはもちろん、自分がこれまで信じて来たもの、大切な価値を置いてきたものがことごとく音を立てて崩れてゆくような経験だったのではないでしょうか。自分が拠って立っている足もとの地面が崩れてゆくような、衝撃的な経験であったことと思います。たとえば、いまから73年前、敗戦を経験した日本の人々は、そのような衝撃的な経験をしたということができるかもしれません。

 

 その頃、アメリカからプロテスタントの宣教師たちが日本に来日し始めていました。江戸幕府崩壊から数年後、奥野さんはヘボン式ローマ字の考案で有名なヘボン医師の日本語教師となります。また、まもなくアメリカの改革・長老教会の宣教師ブラウンの聖書翻訳の助手ともなります。漢文や国文に造詣が深いことが生かされたのでしょう。江戸幕府の崩壊に立ち会った奥野さんは、新たにキリスト教と出会い、《第二の人生》が始まってゆくこととなりました(同、336頁)

 

そうして1872年に洗礼を受け、クリスチャンとなります。奥野昌綱さん49歳のときでした。その後、試験を受け、日本人で最初の牧師の一人ともなりました。

 

 

 

どんな暗闇の中にあっても、朝日は昇り

 

 改めて、讃美歌『朝日は昇りて』の歌詞を見てみたいと思います。《朝日は昇りて 世を照らせり》。イエス・キリストの光が、この讃美歌では「朝日」でたとえられています。イエス・キリストがこの世界にお生まれになってくださったことにより、真っ暗であったような世界に、光が差し込んだ――この朝日のイメージには、もしかしたら、奥野さんら幕末から明治にかけての激動の時代を生きた人々の実感が踏まえられているのかもしれない、と想像します。江戸幕府の崩壊という大変な経験。目の前が真っ暗になり、すべてが崩れ去ってしまったかのように感じた経験。けれども、そこですべてが「終わってしまった」のではなく、奥野さんはイエス・キリストと出会ったことによって、新しい《第二の人生》が始まっていきました。それは奥野さんたちにとって真っ暗であった世界に朝の光が立ち昇ってゆくようなイメージとして実感されたのかもしれません。

 

 私たちもまた、時に、目の前が真っ暗になってしまうような経験をすることがあります。拠って立っていた地面がガラガラと崩れていってしまうような体験をすることがあります。いまを生きる私たちの共通の経験としては、たとえば、2011311日の東日本大震災と原発事故がそのような衝撃的な経験であったのではないでしょうか。

 

 未来に希望をもとうと思っても、なかなか難しいのがいまの私たちの社会です。未来には明るい光があるのではなく、何か暗いものが待ち構えている、そのようなイメージしか持てないと言い方もたくさんいらっしゃることでしょう。東日本大震災と原発事故による深い傷跡もいまだ癒えてはいません。いまも、たくさんの方々が悲しみの中、苦しみの中にいます。

 

 そのように暗い状況の中を歩む私たちでありますが、どんな暗闇の中にあっても、必ず光は差し込む。朝日は昇る。いや、すでに私たちの間にイエス・キリストという太陽が立ち昇っている。《その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである》。このキリストの光を見つめつつ、これからも共に、一歩一歩歩んでゆきたいと願います。