2018年6月24日「過去の歩みを見つめ直す」

2018624日 花巻教会 主日礼拝説教

聖書箇所:使徒言行録131325 

過去の歩みを見つめ直す

 

 

 

使徒言行録131325節《パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった。/パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着した。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。/律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。/そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。/この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。/神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、/カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。/これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。/後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、/それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところをすべて行う。』/神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。/ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。/その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』

 

 

 

大阪北部地震

 

先週18日(月)、大阪北部を震源とする大きな地震がありました。5名の方がお亡くなりになり、大勢の方が怪我をされました。亡くなった方々のご遺族の皆さまの上に、主の慰めをお祈りいたします。また、怪我をされた方、現在も避難生活を余儀なくされている方々の上に主のお守りがありますように、必要な支援が行きわたりますようにと祈ります。私の実家は大阪の南の方なので、特に被害はありませんでした。心配してくださった皆さま、ありがとうございました。

 

今後も大阪では大きな余震が起こる可能性がありますし、30年以内に7080パーセントの確率で起こると言われている南海地震も非常に心配です。どうぞ人々の命と安全とが守られますようにと願います。地震をはじめとする災害は日本のどこでも起こり得るもので、日ごろから非常時への備えをしておくべきことを改めて思わされています。

 

 

 

沖縄慰霊の日

 

昨日623日は沖縄慰霊の日でした。沖縄をはじめ、日本の各地で祈りがささげられたことお思います。623日は私の誕生日でもありまして(35歳になりました)、自分の誕生日が大切な沖縄慰霊の日であることを意義深く受け止めております。

 

皆さんもよくご存じのように、沖縄戦は19453月末に始まり、激烈な地上戦の末、623日にその組織的戦闘が終結しました。県の人口の4人に1人にあたる12万人もの方々が亡くなったと言われています。日本とアメリカの軍人を合わせると、亡くなった方の数はおよそ20万人に上ります。

 

沖縄の方々に本土の私たちが多大な犠牲を押し付け続けている現状の中、自分は一体何をしているのか、何ができるのか、私も日々自問自答しています。

 

昨年から私と下川原さんとで琉球新報を購読しています。他の新聞ではなかなか知ることがない情報や沖縄の方々の声が記されており、学ぶこと、教えられることが多々あります。岩手には、沖縄から2日遅れで届きます。教会の玄関に置いてどなたにも自由に読んでいただけるようにしていますので、宜しければ手に取ってみてください。ご自宅に持ち帰って読んでいただいても大丈夫です。

 

琉球新報を読みながら、沖縄の方々の苦しみと共に、沖縄から離れた本土にいて何もできていない自分の在りようも痛感させられています。改めて沖縄へ私たちの心を向け、それぞれ、自分にできることを見出してゆきたいと思います。沖縄の問題とはすなわち、本土に生きる私たちの在り方の問題に他ならないと思うからです。

 

柳谷励子さんがドキュメンタリー映画『OKINAWA1965』の上映会をお知らせくださいました。沖縄を主題とした作品で、北上在住の都鳥伸也さんと都鳥拓也さんによって企画・製作されたものです。都鳥さんたちは私と同世代の方々であるそうです。主催はとうわ九条の会、会場は東和総合福祉センターホール、上映日は714日(土)です(一回目は午後24時、二回目は午後68時)。先週は、とうわ九条の会の皆さまで、監督を招いての勉強会も行われました。714日当時はちょうど幾つかの行事が重なっていますが、ご都合宜しい方はぜひご覧ください。

 

 

 

日本基督(キリスト)教団創立記念日に寄せて

 

 沖縄慰霊の日の翌日である本日624日は、私たち花巻教会が属する日本基督(キリスト)教団の創立記念日となっています。今から77年前の1941年の624日~25日、東京の富士見町教会で教団創立の総会が行われました。1941年と言えば、太平洋戦争が勃発した年です。その年の12月には日本はアメリカとの太平洋戦争に突入してゆくことになります。

 

 日本キリスト教団は30余のプロテスタントの教派が合同して成立したものです。私たち花巻教会はバプテストの伝統を持っています。バプテストをはじめ、さまざまな異なる伝統をもつグループが一緒に合わさって出来たのが日本キリスト教団であるのですね。

 

日本キリスト教団の成立の直接の契機となったのは、1939年の4月に公布された「宗教団体法」という法律でした。宗教団体法は諸宗教を「合同」させ、国家の管理下に置くことを目的とした法律です。対象はキリスト教だけではなく、神道系宗教(ただし神社は除く)や仏教その他の諸宗教すべてに及んでいました(宗教団体法は敗戦後に廃止されています)。

 

ある人は、宗教団体法は戦時中の不敬罪や治安維持法と並ぶ弾圧法(統制法)であったと述べています。つまり宗教団体法とは《ファシズム期の国家による宗教統制であった》のです(原誠氏『国家を超えられなかった教会 15年戦争下の日本プロテスタント教会』、日本キリスト教団出版局、2005年)。以降、戦時中の日本キリスト教団は戦争協力の道を突き進んでいってしまうこととなります。

 

日本の教会は当時、国家権力に抗うことができず、国に言われるがままに管理・統制されていってしまったのです。このことから、日本キリスト教団はその成立の時点から、「戦争責任」の問題と切り離すことができない歴史をもっているということが分かります。

 

創立記念を祝うと共に、同時に私たちは過去の歴史を知り、そこから批判的に学ぶこともしなければならないでしょう。

 

「気が付いた時には手遅れだった」というのが、かつて私たち日本のキリスト教会が経験したことでした。気づいた時にはすでに国家はファシズム化した怪物となっており、その圧倒的な力を前に、教会はもはや抗う術をもちませんでした。「気づいた時にはもはや遅かった」という過ちを二度と繰り返さないために、いま改めて私たちは過去の歴史に学んでゆく必要があるでしょう。

 

 

 

歴史の再解釈 ~イエス・キリストを通して

 

 本日の聖書箇所の使徒言行録131325節では、パウロがイスラエルの歴史を振り返る場面が出て来ます。宣教の旅の途中、パウロとバルナバはアンティオキアのユダヤ教の会堂に立ち寄ります。礼拝後、人々から「何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と乞われて15節)、パウロは旧約聖書に記されたイスラエルの民の歴史を改めて語ります。

 

 イスラエルの人々にとって信仰の原体験である「出エジプト」の物語に始まり、荒れ野での40年の旅や約束の地カナンへの入植、士師の時代、そしてサウル王とダビデ王から始まる王の物語。ここまでは、会堂にいたユダヤ教徒の人々にとってもなじみの深いものであったでしょう。ただし、その後にパウロが続けた言葉が、まったく新しいものでした。それは、イエス・キリストを通して、それら歴史を再解釈するというものでした。パウロは《神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主を送ってくださったのです23節)と語ります。旧約聖書の歴史のすべては、イエス・キリストに至るための歴史であったというのですね。このような新しい歴史認識を人々は初めて耳にしたことでしょう。

 

 歴史認識というのは、難しい問題を含むものです。それぞれの立場によって、過去の歴史をどのように解釈するかには相違が生じます。私たちの国でも、たとえば戦時中の日本の歴史をどう捉えるかについて、さまざまな意見がありますね。この使徒言行録のパウロの言葉も、あくまで2000年前に生きていたキリスト教徒の人々の視点から見たイスラエルの歴史であるということができるでしょう。ユダヤ教徒の人々の視点からすると、またまったく異なる受け止め方になるであろうことはもちろんのことです。現代に生きる私たちにとっては、ここで語られているすべてを文字通り受け止めるということは難しい部分もあります。そのことを踏まえつつ、本日の聖書箇所の最後に登場する洗礼者ヨハネの存在に目を向けたいと思います。

 

 

 

洗礼者ヨハネの呼びかけ ~心の向きを変える

 

 イエス・キリストに先立ち、神は先駆者をお送りになった、とパウロは語ります。それが、洗礼者ヨハネです。洗礼者ヨハネはイスラエルの民に、「悔い改める(心の向きを変える)」ことを呼びかけ、人々にヨルダン川にて「悔い改めの洗礼」を授けていた人物です。洗礼者ヨハネについて、パウロはこう説明します。25節《わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない》。ヨハネは、自分は救い主ではなく、これから来られるまことの救い主の「道備え」をする者に過ぎないということを述べています。

 

 ヨハネという人物は、自己を相対化する強烈な視点を持っています。「自分たちこそ正しい」「自分たちこそ絶対である」という考え方に対し、ヨハネははっきりと「否」を唱えました。自分を中心とする生き方に警鐘を鳴らしたのが、このヨハネという人物でした。私たちは日々の生活の中で気が付くと自分自身を絶対化し、自分こそ正しいと思い込んでしまうのですが、ヨハネはそのような私たちに「心の向きを変えよ」と呼びかけました。自分自身を絶対化するのではなく、その執着から離れ、まなざしをイエス・キリストに向けることを呼びかけました。歴史認識を考えるにあたって、このヨハネの姿勢は大切な示唆を与えてくれるものではないでしょうか。

 

 そして、私たちが心の向きを変えた先におられるイエス・キリスト。主イエスは何を私たちにお語りになってくださっているのでしょうか。それは、「神さまの目から見て、一人ひとりがかけがえなく貴い」という真理です。私たちはこの神の国の福音に心の向きを変えることが求められています。かつて主イエスはお語りになりました――《時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい(マルコによる福音書115節)

 

 

 

神の目に、一人ひとりが大切な存在であるという真理

 

「心の向きを変える」とは、自分自身への執着から一度離れることを含んでいますが、それは自分自身をないがしろにするということではありません。自分自身を大切にできないで、私たちは他者を大切にすることはできません。自分という存在が神の目から見てかけがえのなく大切なものであること。私たちはこの真理を、もっともっと深く――この心と体と魂とをもって――理解してゆくことが重要であるでしょう。「かけがえがない」ということは、「替わりがきかない」ということです。あなたという存在の替わりになる人は、誰一人いません。だからこそ、あなたという存在は大切で、決して失われてはならないのです。

 

と同時に、そのように、あなたという存在がかけがえのないものであるように、目の前にいる人の存在も、かけがえのないものであるということ。神の目に、一人ひとりが大切な存在であること。この真理に私たちの心を向け変え続けることが求められているのだと思います。

 

 歴史とは、一部の人のみが作っているものではないでしょう。すべての、神の目にかけがえのない一人ひとりの人生が結び合わさったものが、歴史なのではないでしょうか。そこには、喜び、悲しみ、笑い、涙し懸命に生きた一人ひとりの人生があります。その一人ひとりの人生の集成が、人間の歴史です。神さまの目から見ると、私たち人間の歴史とは、きっとそのようなものとして見えているのだと思います。一部の人の存在が無視されていたり、その痛みが「なかったこと」とされていたり、一部の人の命と尊厳が犠牲にされて形づくられている歴史は、まことの歴史ではないでしょう。

 

 

 

一人ひとりが大切にされるための道 ~キリストの道

 

 本日は沖縄慰霊の日、日本キリスト教団創立記念日を覚えて、少し私なりにお話をしました。この二つの日を覚えるにあたり、改めて、「一人ひとりが大切にされる」社会を実現してゆく決意を新たにしたいと思います。もちろん、それはいまだ実現されてはおりません。私たちはいまだ、その途上にいます。そこには、さまざまな困難や課題があることでしょう。しかしだからといってあきらめてしまうのではなく、その社会の実現を求めて共に歩むことが重要であるでしょう。一人ひとりが大切にされるための道――共に歩む「この道」が、キリストの道です。宗教、民族、思想信条の違いを超えて、「この道」は一人ひとりの心の奥深くに宿された祈りと結び合わされているのだと信じています。「この道」をこれからも一歩一歩、共に歩んでゆきましょう。