2020年1月19日「キリストとの出会い」

2020119日 花巻教会 主日礼拝説教

聖書箇所:ヨハネによる福音書13551

キリストとの出会い

 

 

ヨハネによる福音書13551節《その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。/そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。/二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。/イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ――『先生』という意味――どこに泊まっておられるのですか」と言うと、/イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。/ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。/彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った」と言った。/そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする」と言われた。/

 

その翌日、イエスは、ガリラヤへ行こうとしたときに、フィリポに出会って、「わたしに従いなさい」と言われた。/フィリポは、アンデレとペトロの町、ベトサイダの出身であった。/フィリポはナタナエルに出会って言った。「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ。」/するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。/イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」/ナタナエルが、「どうしてわたしを知っておられるのですか」と言うと、イエスは答えて、「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われた。/ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」/イエスは答えて言われた。「いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」/更に言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」

 

 

 

阪神・淡路大震災から25

 

一昨日の117日、阪神・淡路大震災から25年を迎えました。一昨日は全国で、この東北でも、祈りがささげられたことと思います。震度7が史上初めて観測されたこの大地震では6434名の方々が命を失いました。43792名の方々が負傷、104906棟の住宅が全壊、144274棟の住宅が半壊、火災などで7036棟の建物が全焼しました(参照:朝日新聞1面、2020117日)。いまも多くの方々が深い悲しみや苦しみを背負いつつ生活をしておられます。被災した方々を覚え、これからも共に祈りを合わせてゆきたいと思います。

 

 阪神・淡路大震災が起こった19951月、私は小学5年生でした。当時私は大阪南部の富田林市というところに住んでいました。震源地からは離れており直接的な被害はありませんでしたが、その日のことは強烈に心に残っています。

 

 地震が発生した午前546分、多くの人はまだ寝ていました。小学生だった私ももちろん寝ていました。両親もいつもの目覚ましが鳴る時間の直前で、まだ眠っていました。突然の、強い揺れと、ガタガタという大きな音。すぐ近くで壊れた洗濯機が回っている、というよく分からないイメージで目が覚めました。夢うつつの状態ですぐには何が起こっているのかよく分かりませんでしたが、じきに地震だと気づきました。揺れが収まるとすぐに寝室の両親のもとに走りました。そのとき母は寝室の大きな棚を押さえながら、父に「子どもたちを見てきて」と必死で呼びかけていたそうです。

 その後、すぐにテレビをつけました。私たちの住む地域では停電もありませんでした。確か地震発生直後のニュースでは、「現在のところ地震による被害はありません(確認されていません)」という内容のアナウンスが読み上げられていたと記憶しています。テレビ局もまだ何が起こったのかまったく把握できていなかったのでしょう。

 

地震による影響が気にかかりながらも、とりあえず、その日は学校に登校しました。一見いつも通りの学校であるようでいて、その日はどこか校内の雰囲気が違っているように感じました。特に大人たち、先生方の様子がいつもと違うように感じました。普段通りに振舞いながらも、どこか表情が固い印象を受けました。

朝、登校した後に何の用事かは覚えていないのですが、職員室に隣接する放送室に行きました。部屋に入ってきた先生に「大変な地震が起こったんですね」という内容のことを言うと、先生は「うん、そうなんだ」と頷きました。やはり先生は心ここにあらずというような、血の気が引いたような表情を浮かべていました。子ども心に、やはり大変なことが起こったのだと直感しました。

家に帰ってからテレビをつけると、地震による被害状況が少しずつ報道され始めていました。翌日以降、テレビや新聞を通して、現実とは思えないような、甚大なる被害の状況を目にしてゆくこととなりました。皆さんもその映像や写真を鮮明に記憶していらっしゃることと思います。

 

 

 

悲しみを背負いながら、互いに支えあい

 

 1995年はその後、オウム真理教によるサリン事件も起こりました。私たち日本に住む者にとっては、1995年は記憶に刻まれる年になりました。1995年は私たちの国において一つの時代の区切りの年となっています。

 

 私自身、阪神・淡路大震災以降は、「震災以前、以後」という観点で物事を捉えるようになりました。あれが起きたのは震災以前、あのことが起きたのは震災以後、という風に、1995117日を基準に過去の出来事を捉えるようになりました。それは関西および西日本に住む方々の多くの方がそうであるのではないでしょうか。

 

 そしてそれは、2011311日、東日本大震災が起こった時もそうでした。東北および東日本に住んでいらっしゃる方々は、東日本大震災以降、「震災以前、以後」という観点で物事を捉えるようになられたことと思います。震災当時、この岩手に住んでおられた皆さんもきっとそうでいらっしゃることでしょう。私自身は東日本大震災が発生した当時は東京におり、地震による直接的な被害を経験したわけではありませんが、東日本大震災と原発事故以降、やはり2011311日を一つの基準として、過去の出来事を捉えるようになりました。1995117日に加え、2011311日が過去を振り返る上での大きな区切りとなっています。この二つの大災害は私たちの世界の見方を変化させるほどの、本当に大きな出来事となりました。

 

 もちろん、その外にも、この25年間、大きな災害や事件は様々に起こっています。当事者である方々にとってはその出来事は、忘れようにも忘れることのできない、絶えずそのことを思い起こさずにはおられないものであると思います。当事者以外の人々にとってはその出来事は年月と共に風化するものであっても、当事者の方においてはいつまでも風化することはあり得ず、忘れ去ることもあり得ないものです。

 

そして、深い悲しみを負った方にとって、その悲しみは完全に癒えるものではありません。癒えることのない悲しみを背負いながら、それでも、生きてゆく。そのようにして生きてゆくほかない。癒えることのない悲しみを抱えながら、それでも、懸命に生きている多くの方々がいらっしゃいます。皆さんもまたそれぞれ、自分固有の悲しみを抱えておられることと思います。悲しみを背負いながらそれでも懸命に生きている一人ひとりとして、これからも、互いに祈りあい、支えあってゆけることを願います。

 

 

 

キリストとの出会い

 

 阪神・淡路大震災から25年を迎えるにあたり、私自身の経験も少しお話ししました。阪神・淡路大震災や東日本大震災のように、時代の区切りとなる大災害が生じることがあります。また同時に、私たちの人生において、自分の人生の区切りや転機となる出来事というものもあるでしょう。それは必ずしも否定的な意味においてではなく、肯定的な意味において、自分の人生にとっての大切な出来事を私たちはそれぞれ持っています。テレビ番組でも時々、人生のターニングポイントについて、とか、人生を変えた言葉、などについて取り上げられていますね。

 

 クリスチャンである方にとっては、キリスト教との出会いが、人生にとっての大切な出来事となっていることでしょう。皆さんはいつ、聖書と出会い、キリスト教と出会われたでしょうか……?

 

 はっきりとあの時自分はイエス・キリストと出会ったのだと言うことができる方もいれば、気が付けば神さまを信じるようになっていた、という方もいらっしゃるでしょう。聖書との出会い、神との出会いは人それぞれです。突然の回心を経験するというようなドラマチックな出会い方もあれば、幼い頃から両親に連れられて教会に行っていて、気がつけば信仰が育まれていた、という場合もあるでしょう。私は母がクリスチャン、父方の祖父が牧師でしたので、幼い頃からキリスト教に身近な環境で育ちました。その意味で、私の場合も、生れたときからすでにキリスト教に親しんでいたのであり、いつどこでキリスト教と出会った、と具体的に明示できるわけではありません。

 

 本日の聖書箇所では、弟子たちがキリストと出会う場面が描かれています。ある日突然、弟子たちは主イエスと直接の出会いを果たしました。一人の人間として生きておられた主イエスと実際に出会い、そうして弟子になったのです。これは、現代を生きる私たちが経験したことがない、これ以上ない劇的な出会いということができるでしょう。

 

 一方で、本日の聖書箇所には印象的な言葉が記されています。ナタナエルという人物が弟子になる際、主イエスがナタナエルのことをすでに知っていたと伝える箇所です。ヨハネによる福音書14751節《イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」/ナタナエルが、「どうしてわたしを知っておられるのですか」と言うと、イエスは答えて、「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われた》。

 

 ナタナエルが主イエスを知り、弟子になるその前に、主イエスはすでにナタナエルを知っていてくださったのだ、というのです。私たちがキリストを知る前から、すでにキリストは私たちを知っていて下さる――。これはナタナエルにおいてだけではなく、私たち一人ひとりにおいてもそうなのだ、と本日はご一緒に受け止めたいと思います。

 

 

 

私たちが生まれる前から、神さまは私たちを愛し

 

 子どものために作られた賛美歌に、「生まれるまえから」という曲があります(讃美歌21547番、こどもさんびか116番)。誕生日のときに歌う賛美歌です。1番《生まれるまえから 神さまに/まもられてきた ともだちの/たんじょう日です、おめでとう》。

 

 私も幼い頃、誕生日のときに歌ってもらったり、友達の誕生日の際に歌ったりしました。とても好きな歌でした。歌いながら、幼心に、「生まれるまえから」という表現が不思議だなあと思っていました。不思議と思いながらも、心が微かに熱くなってくるような感動も覚えました。神さまは、私たちが生れる前から私たちを愛し、守って下さっている――。

 

エフェソの信徒への手紙にはこのような言葉もあります。《天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、ご自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました14節)。ここでは、この世界が創られる前から、神さまは私たちを愛してくださっていると語られています。

 

 

 

これまでも、いまも、これからも、神の愛にとどまり続ける

 

 キリストとの出会いの仕方は、先ほど述べましたように、人それぞれです。ある日突然、劇的な出会い経験をする人もいれば、長い時間をかけ、気が付けば出会っていた、という人もいます。出会いを自覚する仕方は人それぞれですが、私たちがそのように自覚をする前に、キリストはすでに私たちに出会ってくださっている。私たちが神さまを知る前に、すでに神さまは私たちを知っていてくださっている。私たちが生まれる前から、この世界が創られる前から、神さまは私たち一人ひとりを愛し、かけがえのない存在として重んじて下さっている。私たちはこれまでも、いまも、これからも、この神さまの愛の中にとどまり続ける。どんなことがあっても、私たちはこの愛から引き離されることはない――。私たちはいま、御子イエス・キリストを通して、そのことを知らされています。

 

 私たちは生きてゆく中で、様々な困難や悲しみを経験します。ある日突然、不条理な苦しみを経験することもあります。いまこの時も、たくさんの方が、立ち上がることができないような、苦しみ、深い悲しみを経験しています。いま悲しみ苦しみの中にある方々の心に、神の愛の光が届けられますことを願います。