2018年3月4日「ペトロの涙」

201834日 花巻教会 主日礼拝説教

聖書箇所:マタイによる福音書265775

「ペトロの涙」

 

 ペトロの涙

 

受難節の中をご一緒に歩んでいます。受難節はイエス・キリストのご受難に想いを馳せつつ過ごす時です。

 

本日の聖書箇所は、弟子のペトロがイエス・キリストのことを「知らない」と否認した場面です。受難物語の半ばで描かれます。

 

「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」、主イエスがそう予告された通り(マタイによる福音書2634節)、ペトロは主イエスを「知らない」と否認してしまいました。鶏が鳴いた瞬間、ペトロは主の言葉を思い出して、激しく泣きます。

 

まずご一緒に、一枚の絵を観てみたいと思います。17世紀の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「聖ペトロの悔悛(聖ペトロの涙)」1645年、クリーグランド美術館)です。暗がりの中、あかりに照らされたペトロの姿が浮かび上がっています。ペトロは胸の前で手を組み、ハッとしたような表情で前を見つめています。これが本日の聖書箇所を基にしている絵であることは、傍らに鶏が描かれていることでも分かります。

 

ペトロの顔を近くで観てみると、涙を流しています。鶏が鳴いた瞬間、主の言葉を思い出して泣いたペトロの姿が描かれているのでしょう。涙を流すペトロ。この涙は、どのような涙だったのでしょうか。

 

 

 

「そんな人は知らない」

 

改めて、ご一緒に本日の場面を振り返ってみたいと思います。マタイによる福音書2669節以下です。

 

ペトロはそのとき、大祭司の屋敷の中庭に座っていました。屋敷の中では、主イエスの裁判が行われていました。集まった祭司長たちは主イエスを死刑にしようとし、人を呼んで主イエスに不利な証言を求めていました。無実であるにも関わらず、主イエスに対して死刑が言い渡されようとしていました。

 

通常、裁判はエルサレム神殿で開かれていたようですが、この日は大祭司の屋敷で開かれていました。また裁判は通常は昼間に開かれ、その判決も昼間になされなくてはならなかったそうですが、この日は深夜に開かれていました。人々がすっかり寝静まっている深夜に、何かから「隠れる」ようにしてこの異常な裁判は行われていたのです。

 

すでに弟子たちは皆、逮捕される直前に主イエスを見捨てて逃げてしまっていましたが、ペトロだけはひそかに後についてきていたようです。主イエスがこれからどうなってしまうのか、事の成り行きを見届けずにはおられなかったのでしょう。ペトロは人々に紛れて、こっそりと屋敷の中庭にまで入ってきていました。ただし、ペトロがいる中庭からは裁判が行われている中の様子までは見えませんでした。

 

夜も更けてきた頃、屋敷に仕える一人の女性がペトロに近寄って来て、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言いました69節)。自分の正体を隠していたペトロは、激しく動揺し、咄嗟に、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と誤魔化しました70節)。適当に誤魔化して、女性の追及をはぐらかそうとしたのです。恐怖に駆られたペトロは反射的にその場から離れようと出口の方に向かいます。

 

すると、他の女性がペトロに気づき、周りの人々に、「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言いました71節)。人々の視線が一斉にペトロに向けられます。人々の視線にさらされ、ペトロはさらに恐怖を覚えたことでしょう。ペトロは「そんな人は知らない」と言いました。72節)。適当に誤魔化すのではなく、今度ははっきりと主イエスを「知らない」と誓ってしまったのです。

 

いったんそれで騒ぎは収まったと思いきや、しばらくすると、その場にいた人々がペトロに近寄って来て、言いました。「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる」73節)。ペトロの言葉がガリラヤなまりであることで、仲間であると知られてしまったようです。主イエスもペトロたちもガリラヤの出身でした。

 

 追い詰められたペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めました。主イエスと「関係がない」ことを主張するため、呪いの言葉さえ口にしてしまったのです。愛する人に対して「知らない」と嘘を言い、呪いの言葉まで口にしてしまったペトロの姿が描かれています。

 

するとすぐ、鋭い鶏の鳴き声が闇夜を切り裂きました74節)。鶏が鳴いたのは夜明けが近づいていたからですが、瞬間、鳴き声は彼に主の言葉を想い起こさせました。「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」。その晩、主イエスが捕らえられる前、ペトロに向かっておっしゃった言葉です2634節)

 

そのときはペトロは、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と誓いました。けれどもいま、主イエスのお言葉通り、鶏が鳴く前、主イエスを三度「知らない」と言ってしまったのです。三度目には、呪いの言葉さえ口にしながら。ペトロは屋敷の外に飛び出し、激しく泣きました75節)

 

この姿を最後に、ペトロは受難物語から姿を消します。再びペトロたちが登場するのは、主イエスが十字架の死から三日目に、復活されてからのことです。

 

 

 

激しい後悔の涙

 

ペトロの否認の場面をご一緒に振り返ってみました。主イエスの言葉を思い出し、外に出て、激しく泣いたペトロ。ペトロのこの涙は「自分は取り返しつかないことをしてしまった」という激しい後悔の涙であり、愛する師に対して「申し訳ない」という気持による涙であったでしょう。また、自分のあまりの情けなさ、ふがいなさにいたたまれずに流した涙であったかもしれません。

 

キリスト教の聖人伝説などを集めた『黄金伝説』という本に、ペトロについて次のような記述があります。

 

《また、ペテロは、いつでも一枚の布を胸に入れていて、しょっちゅうあふれでる涙をぬぐったということである。というのは、主のやさしいお言葉と主のおそばにいたときのことを思いだすと、大きな愛の気持から涙をおさえることができなかったからである。さらに、自分が主を否認したことを思いおこすたびに、はげしく嗚咽した。そのようによく泣いたので、彼の顔は泣きぬれて、ただれたようであった、と聖クレメンスは記している。クレメンスはまた、ペテロは暗いうちににわとりの鳴き声とともに起きて祈り、それからいつもはげしく泣いていたと伝えている》(ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説2』、前田敬作・山口裕訳、平凡社ライブラリー、2006年、380381頁)

 

引用した文章はあくまで民間に伝わっていた伝承ですが、リアリティをもって私たちの心に訴えかけて来るものです。ペトロがいつでも一枚の布を胸に入れていて、しょっちゅうあふれでる涙をぬぐっていたというエピソード。「そんな人は知らない」と主イエスを否認してしまったことを思い起こす度、ペトロは激しく嗚咽した。そのようによく泣いたので、ペトロの顔は泣きぬれて、ただれたようであったというエピソード。また、彼が暗いうちに鶏の鳴き声と共に起きて祈り、それからいつも激しく泣いていたというエピソード。「本当にそうだったのではないか」と私たちに思わせる、切実なものを喚起する伝承です。

 

 

 

復活の主との出会い

 

私たちもまた、自分がしてしまったことで、思い出すと辛い記憶をもっているかと思います。夜中にふと目を覚まし、それを思い出して思わず大声を出したくなるような記憶が私たちにはあることでしょう。思い出すといたたまれなくなる記憶を、私たちはさまざまに抱えつつ、生きています。その意味で私たちもまた、見えないハンカチを胸に入れ、人知れず涙をぬぐいつつ生きているのだということができるでしょう。

 

思い出すと辛い過去が、ペトロの場合、福音書に記録され、2000年近く経った現在もこうして人々に読まれているのですから、それはずいぶん酷なことだと思われる方もいらっしゃるかもしれません。けれども、思えば、この出来事はペトロ自身が語らないとそもそも福音書に記されなかったものです。このエピソードは、後にペトロ自らが人々に語っていたものであり、だからこそ福音書にも記録されたのだ、ということができます。

 

なぜペトロは自分の過ちを人々に告白することができたのでしょうか。そこには、復活の主との出会いがありました。

 

ペトロが主イエスを否認したその後、主イエスは十字架に磔にされ、殺されてしまいます。ペトロは主イエスに謝ることもできませんでした。ペトロは自分は「取り返しのつかない過ち」を犯した、と思ったことでしょう。もう自分は生きていくことはできないとさえ思っていたかもしれません。しかし福音書は、十字架の死から三日目に、主イエスがよみがえられたことを記します。主はよみがえられ、そしてペトロたちの前にも表れてくださいました。

 

復活の主がペトロに語りかけてくださったこと、それは、ペトロの過ちを「ゆるしている」ということでした。「あの晩、大祭司の中庭で、鶏が鳴く前に、主イエスを三度『知らない』と否認してしまったこと」、その過ちを、主イエスはゆるしてくださっていました。 決してゆるされることがないと思っていた過ちを、主イエスははじめからゆるしてくださっていた。主イエスはすべてをゆるし、十字架におかかりになってくださっていた。それほどまでに、主は自分を愛して下さっていたことを知らされました。

 

 

 

あたたかな涙

 

この真実を知らされ、ペトロは再び、激しく泣いたかもしれません。その涙は後悔の涙ではなく、主の愛に心打たれたことによる、あたたかな涙でした。冷え切っていた心が、主の愛で満たされてゆきます。

 

この主の愛に出会ったからこそ、ペトロは自分の過ちを過ちとして受け入れることができるようになったのでしょう。そうして立ち上がれないでいた心が、再び立ち上がっていったのだと思います。ペトロはその後、原始キリスト教会の中心的な指導者として立たされてゆくこととなります。

 

指導者となったペトロは後に、自分の過ちを自ら人々に語ったのでしょう。伝承にあるように、あふれる涙を布でぬぐいつつ、教会の仲間たちに自分の過ちを告白したのかもしれません。あふれでる涙は、ペトロの後悔の涙であると同時に、主の愛に心が満たされるゆえの涙でもありました。ペトロの告白を聴いた人々ももはやペトロを非難するのではなく、むしろその告白を通して、神の愛の炎に触れる経験をしたのではないかと思います。だからこそ、このペトロのエピソードは福音書の中に大切に保存され、今日に至るまで伝え続けられているのではないでしょうか。

 

 

 

復活の朝 ~「生きよ」という呼び声

 

 鶏の泣き声は、私たちに夜明けを告げます。ペトロにとってそれは、自身の過ちを思い起こさせるものでした。と同時に、それは私たちに、復活の朝を思い起こさせるものともなりました。

 

 私たちが過去にどれほど過ちを犯したとしても、私たちは再び立ち上がることができます。暗い闇の中にいるようであっても、復活の朝は必ず訪れます。私たちのすべてを受け止め、「あなたは生きよ」と呼びかけてくださっている主の愛に、いまご一緒に心を開きたいと思います。