2019年12月29日「隔てを超え、キリストにおいて一つ」

20191229日 花巻教会 主日礼拝説教 

聖書箇所:マタイによる福音書2112

隔てを超え、キリストにおいて一つ

 

 

マタイによる福音書2112節《イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、/言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」/これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。/王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。/彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。/『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」/そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。/そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。/彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。/学者たちはその星を見て喜びにあふれた。/家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。/ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った

 

 

 

クリスマス礼拝をおささげし……

 

 本日が2019年の最後の礼拝となります。この1年、教会の歩みが支えられましたことを感謝いたします。

先週の22日(日)にはクリスマス礼拝をおささげし、24日(火)にはクリスマス・イブ燭火礼拝をおささげしました。たくさんの方々とクリスマスの喜びの共にすることができ、感謝でした。

  これから私たちは大晦日、お正月を迎えるわけですが、教会の暦ではまだクリスマスが続いています。16日は「公現日(エピファニー)」と呼ばれ、イエス・キリストが、東方の学者たちをはじめ、すべての人々にご自身の光を現わしたことを記念する日です。教会ではこの公現日まで、リースやクリスマスツリーも飾ったままにします。片付けをし忘れているわけではありません(!)ので、ご安心ください。

 

 

 

今年1年の教会の歩みを振り返って

 

 皆さんも現在、改めてこの1年を振り返っておられることと思います。この1年、私たちの近くに遠くに、様々な出来事がありました。喜びもあれば、悲しみもありました。

 

 私たち花巻教会ではこの1年、大きな喜びが与えられました。421日のイースターにはKさんが洗礼を受けられ、1020日にはHさんが洗礼を受けられました。Kさん、Hさんの上に、神さまの祝福が豊かにありますようお祈りしています。

 

 また、74日、Uさんご夫妻のお子さまが誕生しました。Uさんご家族の上に神さまの祝福が豊かにありますようお祈りしています。

 

 この1年、教会の歩みが神さまと多くの方々によって支えられたことを感謝しつつ、来年も互いに支えあいながら、歩んでゆきたいと願います。

 

 

 

東方の学者たち 

 

教会の暦ではまだクリスマスは続いているということをお話しました。本日の聖書箇所もその続きの物語の一つです。東方の学者たちが星の光をたよりに、イエス・キリストがお生まれになった場所を探し当てるという良く知られた場面です。クリスマスの劇でも取り上げられることが多いですね。この聖書箇所は16日の公現日に読まれることも多いものです。

 

学者たちを導いた不思議な星は、「ベツレヘムの星」と呼ばれます。クリスマスツリーのてっぺんに飾られている星は、このベツレヘムの星を現わしています。この星がいったい何なのかについては諸説あり、後世の私たちにははっきりとは分かりません。この不思議な星に導かれるようにして、東方の学者たちはイエス・キリストがお生まれになった場所を探し当て、幼子に宝物をささげることができたのです。

 

この東方の学者たちは、天文学・占星術を専門とする人々であったと考えられます。毎晩夜空を見上げ、天体の位置や動きを研究していた人々です。伝統的に絵画では学者たちは三人組として描かれることが多いですが、聖書本文には三人という人数が記されているわけではありません。贈り物が「黄金、乳香、没薬」の三種類だったので、学者の数も伝統的に三人とされてきたようです。

 

  また、聖書本文には学者たちの名前も詳しい出自や年齢も記されてはいませんが、後に「メルキオール」「カスパール」「バルタザール」という名前が付されるようになり、出自や年齢についても様々な伝承が加わってゆくようになりました。年齢はそれぞれ、老人、若者、中年。出身はそれぞれ、ヨーロッパ人、アジア人、アフリカ人とみなされるようになりました(参照:クリスマスおもしろ事典刊行委員会編『クリスマスおもしろ事典』、日本キリスト教団出版局、2003年、61頁)

 

これらはあくまで後世に加わった伝承ですが、ここでぜひ心に留めたいことは、この学者たちがユダヤ人ではなく、外国人であるという点です。東方から来た、ということは、彼らが外国から来た人々であることを意味しています。聖書特有の言い方をするなら、「異邦人」です。

 不思議な星に導かれ、いち早く救い主に出会ったのは、外国人であった彼らでした。このことから、私たちは神さまからの光がすべての人に与えられるというマタイによる福音書の著者のメッセージをくみ取ることができます。

 

新しい時代がいま、到来しようとしている。私たちのもとに到来した神の御子の光を前に、もはやユダヤ人と「異邦人」とを隔てるものはなくなってゆく。キリストの光は、民族や国籍、あらゆる違いを超えて、すべての一人ひとりに与えられる。これが、本日の聖書箇所が私たちに伝える大切なメッセージの一つです。夜空に輝く不思議な星は、このまことの光を指し示すものであったのかもしれません。

 

 

 

隔てを超え、キリストにおいて一つ

 

 先ほど読んでいただいたガラテヤの信徒への手紙328節にはこのような言葉もありました。《そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです》。

 

この言葉は、キリスト教が誕生して間もない頃、教会の洗礼式の中で実際に読み上げられていた言葉であると言われています。クリスチャンになることを志願する人はこの言葉を告白し、洗礼を受けていたようです。

 

この告白文において印象的なのは、イエス・キリストに結ばれている者はもはや、ユダヤ人もギリシア人(異邦人)もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男と女もないと宣言されているところです。クリスチャンになるということは、民族や国籍からも、社会的な身分からも、性差からも自由となることなのだと語られています。

 

もちろん、出自や国籍、思想や信条など、自分という人間を構成する要素に誇りをもつことは大切なことです。これらの要素をなしに、「わたし」という人間はありません。一方で、それら要素が時に私たち自身を不当に縛ったり、他者にレッテルを貼るために利用されてしまうこともあります。私たちを構成する大切な要素が、偏見や敵意の壁を作るために悪用されてしまうこともあるのです。

 

では、この告白文においては、どのような視点が大切であるのでしょうか。それは、「同じ一人の人間」として、という視点である、と私は受け止めています。民族でもなく職業でもなく性別でもなく、神に愛された「一人の人間」として受けとめあい、重んじあうことが求められているのではないでしょうか。

 

イエス・キリストは私たちを国籍や出自で判断なされず、年齢や職業や社会的な身分でも判断なさらず、心と体の状態でも判断なさらず、性別やセクシュアリティでも判断なさらない。神に愛された一人の人間として、世界にただ一人の、かけがえのない存在としてそのままに受け止め、重んじて下さっている方です。

 

このキリストの愛に結ばれている私たちは、違いを受け止めあい、一つになってゆくことができる。互いを隔てる壁を打ち崩してゆくことができる。クリスマスの物語は、私たちの心にこの希望の光をともしてくれるものです。

 

もちろん私たちの社会には様々な目には見えない壁があり、分断があります。その深刻さは年々、一段と深まっているようにも思います。人と人とを隔てる偏見や敵意の壁は社会の至るところにあり、また私たち自身の心の中にもあることでしょう。この隔たりをいかに乗り越えてゆくかは、現在の私たちが抱える切実な課題の一つです。

 

 

 

中村哲さんの訃報を受けて ~同じ一人の人間として

 

 124日、NGO「ペシャワール会」代表の中村哲さんがアフガニスタンで銃撃を受けて亡くなりました。中村さんは1984年にパキスタンのペシャワールに医師として赴任し、難民のための医療活動に従事して以降、パキスタンとアフガニスタンにおいて様々な人道支援活動に尽力してこられました。

 

特に2003年以降はアフガニスタンの深刻な水不足を解消し、人々の命の守り生活を確保するため、井戸や用水路の建設に心血を注いでこられました。「100の診療所より1本の用水路を」――。現地の人々の協力の下に掘った井戸はおよそ1600本、開通した灌漑用水路の長さは27キロに及んでいます。この取り組みにより、砂漠化していた農地は緑豊かな田畑へと生まれ変わってゆきました(スクリーンの画像を参照)。用水路が潤す農地の範囲は約16500ヘクタール、現在、65万人の人々の命と生活を支えているとのことです。これらの尊い活動については、皆さんも報道や中村さんの著作を通してご存じのことと思います。

 

 日本から距離的に遠く離れたアフガニスタンで、現地の人々のために懸命に働いておられたその姿は、私たちに多くのことを教えてくれます。他者のために働くとはどういうことであるのか、人道支援とはどういうものであるのか、私たちに伝え続けてくれているように思います。中村さん自身はクリスチャンでありキリスト教の信仰を持っていましたが、自分の信仰や考え方を押し付けることなく、その地域の人々の価値観や考え方、文化や生活習慣を尊重し、国籍や宗教を超えて――アフガニスタンの多くの人はイスラム教です――深い信頼関係を築いてこられたと伺っています。

 

ちなみに、中村哲さんは宮沢賢治の愛読者だったそうです。《「いつも忙しくて、なかなかゆっくり読書する時間がないのだけれど、賢治の本はよく手にとる」と言っていました。/アフガニスタンで、賢治の詩や物語を思いながら、星を見たり、風を感じたりする時、「救われた気持ちになる」のだそうです》(朝日新聞デジタル『論座』、長野ヒデ子「アフガンに寄り添った中村哲医師の素顔 憲法九条を胸に井戸を掘り、宮沢賢治を愛した友を悼む」、https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019120600009.html?page=4

 

中村哲さんの活動の根底には、「同じ一人の人間として」互いを尊重しあう精神があったのではないでしょうか。人道支援の土台となるもの、それは互いを同じ人間として尊重しあう精神であると思います。

 

喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい(ローマの信徒への手紙1215節)という聖書の言葉を想います。同じ一人の人間として――中村さんの言い方をお借りすると同じ「普通の人」として――互いを重んじあい、汗水を流して共に苦楽を分かち合う中で、確かな信頼関係が育まれてゆく。そうして、その自分の足元からより良い社会、平和が実現されてゆくのだということを中村さんのお姿を通して教えていただきました。

 

中村さんの死によっていま悲しみの中にいる方々の上に主の慰めを祈ると共に、私たちも与えられたそれぞれの場で、自分にできるやり方で、キリストの愛と平和の光を輝かせてゆきたいと願います。

 

 どうぞ私たちが様々な偏見や敵意を乗り越え、この世界をより良いものにしてゆくことができますように。