2026年2月1日「種を蒔く人」
2026年2月1日 花巻教会 主日礼拝説教
「種を蒔く人」のたとえ
本日の聖書箇所「種を蒔く人」のたとえ(マルコによる福音書4章1-9節)はよく知られたイエス・キリストのたとえ話の一つです。改めて、本日のたとえをご一緒に振り返ってみましょう。お話は《種を蒔く人が種蒔きに出て行った》(3節)という一文から始まります。
当時のパレスチナの種蒔きは、耕した土の上に種を振り蒔くやり方であったそうです。スクリーンに映しているのは、ミレーの『種を蒔く人』の絵です。種を蒔く人が、種袋から種を掴んで、土の上に勢いよく振り蒔いている姿が描かれていますね。日本に住む私たちは種蒔きというと、土の中に一粒ずつ、あるいは数粒ずつ植えてゆく様子を思い浮かべますが、本日のたとえ話でイメージされているのは、この絵のような、土の上に種を振り蒔いてゆく様子です。
さて、種を蒔く人が種を《蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった》(4節)。振り蒔かれた種の内、ある種は土の上ではなく道端に落ち、鳥が飛んできて食べてしまいました。《ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。/しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった》(5、6節)。石だらけの地に落ちた種はすぐに芽は出しますが、根がないために枯れてしまいました。《ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった》(7節)。茨の中に落ちた種は、芽を出し成長はしますが、茨に妨げられて実を結ぶまでには至りませんでした。
《また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった》(8節)。他の種は良い土地に落ち、三十倍、六十倍、百倍もの実を結びます。「良い土地」とはよく耕され、水分と養分をたっぷり含んでいる土地のことを言うのでしょう。その土地に落ちた種は芽を出し、成長し、豊かに実を結びます。このたとえをイエスさまからガリラヤ湖のほとりで聴いた人々の心には、パレスチナ地方の豊かに実った麦畑の情景が浮かんでいたことでしょう。
種=神の言葉、蒔かれた場所=私たちの心
本日のたとえ話には、イエスさまご自身の解説が付されています(4章13-20節)。それによりますと、このたとえ話において、蒔かれた種は「神の言葉」を表しています(14節)。蒔かれた場所が表しているのは、「私たちの心」です。その解説を踏まえてたとえ話を読み直してみると、どうでしょうか。
たとえば、《道端》とは、種=神の言葉を受け入れようとしない私たちの心の在りようを表していると受け止めることができるでしょう。道端は人が行き来する場所であり、植物を育てるのには、適していません。種が踏みつけられてしまったり、鳥に食べられてしまったりします。そのように、蒔かれた言葉が簡単に失われてしまうのが《道端》です。《道端》とは、神さまの言葉を聞くには聞くけれど、心の中にまでは受け入れようとはしない私たちの心の在りようを示しているのですね。
同様に、《石だらけで土の少ない所》は、御言葉を聞き、喜んで心の中に受け入れるまではするけれど、それが長続きしない、根をはることに至らない心の在りようを表しています。《茨の中》とは、思い煩いや様々な欲に覆いふさがれている私たちの心の在りようを表しています。御言葉を聞き入れるまではするけれど、様々な想いに心が覆われて、言葉が実を結ぶまでには至らない、そのような私たちの姿です。
神さまの言葉が「種」として
ここで改めて注目したいのは、このたとえ話において、神さまの言葉が「種」で表されているところです。植物の種というのは実を結ぶまで時間がかかるものですよね。芽を出し、根を張り、茎を伸ばし葉を茂らせ、花を咲かせ、そして実を結ぶ。時間もかかるし、様々な成長の段階があります。
もしも神さまの言葉がすぐに効果が表れる特効薬のようなものならば、私たちの目には分かりやすいでしょう。しかしこのたとえ話では、結果が出るまである一定の時間を要する種で表されています。種を蒔いている期間、あるいは、小さな芽が出ているだけの期間は、私たちの目には、何が起こっているのか分からないこともあるかもしれません。神さまの言葉がそのように、結果が出るまで時間を要する植物の種で表されているところに大切な意味があるのだと、本日はご一緒に受け止めてみたいと思います。
木を植えた人 ~ゲオルク・シュトルム神父のこと
本日のたとえ話をお話するにあたって、思い起こしていた方がいます。岩手県二戸市の二戸カトリック教会の司祭をしていたゲオルク・シュトルム神父です。シュトルム神父は1915年にスイスにお生まれになり、1952年の37歳の時に来日。県南の大籠教会、水沢教会で司祭として働かれた後、1959年に二戸カトリック教会に着任。2004年に89歳でご帰天されるまで、45年の長きにわたって二戸カトリック教会の司祭を務められました。
シュトルム神父は岩手の自然を愛し、たくさんの植物画を描かれています。一昨年、盛岡の深沢紅子 野の花美術館でシュトルム神父の植物図譜の展覧会(『シュトルム神父に会いたい 深沢紅子の野の花と 木を植えた人・シュトルム神父の愛した野の花――深沢省三・紅子作品と共に』)が開催されていましたので、私も妻と見に行きました。専門的な知識と観察眼に基づいた、とても細密な植物画で、素晴らしいものでした。また、神父は賛美歌を作り、詩や童話を書き、マリア像やキリスト像を手作りするなど、芸術を愛した方でもいらっしゃったそうです。
シュトルム神父でなさったことで、最も二戸の市民の方々に知られているのは、植林です。神父は20年余りにわたって、市内の各地に2000本以上の植樹をされました。市の許可を得た上で、工事などで伐採された山や、道路の斜面に様々な種類の木を植え続けられたとのことです。二戸市の大平野球場周辺には、「シュトルム神父植樹記念ロード」と呼ばれる並木道があります。こちらも一昨年の夏、妻と実際に訪ねてみました。こちらはその写真です。この通りには、神父によって植えられた木が300本ほどあるとのことです。斜面に植えられた木々もいまは大きく育ち、通りに涼しげな木陰を作っていました。
シュトルム神父は教会の庭に種を蒔いて苗木を育て、それを運んで一つ一つ移植していったとのことです。たった一人で、まったくのボランティアとして、植樹を続けられました。シュトルム神父の生活と思想を紹介する本を出版された黒澤勉さんは、神父を《木を植えた人・二戸のフランシスコ》と呼んでいます(『木を植えた人・二戸のフランシスコ ゲオルク・シュトルム神父の生活と思想』、イー・ピックス、2018年)。
黒澤さんの文章を一部引用いたします。《神父は大平野球場周辺に三百本余りの木を植えられた。春を鮮やかに彩るオオヤマザクラ、故郷のスイスから種を取り寄せたドイツカシワ、リスやムササビのために植えたクルミ、車が熱くならないように木陰を作るドイツトウヒなどが野球場を囲む散策路の斜面に今、育っている。二戸市を代表する山、折爪岳にも植樹された》(同書、229頁)。
シュトルム神父ご自身の言葉もご紹介したいと思います。《私は荒れた山を見ると心が痛みます。人間は動物や植物たちと共存できるのに、自然を破壊しています。これは罪です。私は植樹によって、失われゆく木々や山野草たちの避難所を作りたいと思います》(同書、86、87頁)、《私は百年後の自分の植えた木々がどうなるか見たいと思います。百年たつと、風景は一変します。百年後の姿を思い描くと楽しいです》(同書、89頁)。
木を植えるという営みは、まさに結果が出るまで長い時間がかかるものですよね。結果が出るまで時間がかかりますし、周囲の人から理解されるにも時間がかかります。10年、20年、さらにはシュトルム神父のおっしゃるように、100年後にはじめてその意義が理解されることもあるかもしれません。途中で木が枯れてしまうこともあるでしょう。うまくいかないことの方が多いかもしれません。それでも、心を込めて、木を植え続ける。シュトルム神父のお姿は、先ほどの「種を蒔く人」のたとえとも通ずるものがあるのではないでしょうか。
木を植えるという行為は環境の保護であると同時に、神父の信仰を体現する営みでもあったのだと思います。シュトルム神父はこのようにもおっしゃっています。《私は環境保護の運動家だと思われているようですが、それは違います。私のやっていることは、創造主の御業を輝かせるためです。なかなかそれが分かってもらえません》(同書、86頁)。
宮沢賢治『虔十公園林』
黒澤勉さんはご著書において、シュトルム神父の生活・思想は、宮沢賢治と通じ合うところがあると指摘しています。特に、「木を植えた人」という点で共通している賢治の童話として、『虔十(けんじゅう)公園林』を取り上げています。
虔十とは童話の主人公の少年の名前です(賢治さんを想わせる名前ですね)。子どもたちや周囲の人からバカにされていた虔十はある日、家の後の広い野原に杉の苗を植えることを願い出ます。《お母、おらさ杉苗七百本、買って呉ろ》。虔十の植樹ははじめは周囲の人から理解されませんでしたが、杉の木がだんだんと成長するにつれ、子どもたちが毎日集う、大切な遊び場になってゆきます。虔十はまもなくチフスになって死んでしまいますが、その後も子どもたちは林に毎日集まります。その後、村に鉄道が通り、あちこちに工場が出来、畑や田んぼはなくなり家が建っていきますが、その中で虔十の林だけそのまま残り続けます。
虔十が死んで20年近く経ったある日、その村の出身でいまはアメリカの大学の教授になっている若い博士が、15年ぶりに故郷に帰ってきます。博士は、かつて自分たちが遊んでいた林だけがそのまま残っているのを見て驚きます。虔十の両親が、「我が子のただひとつのかたみだから、これをなくすことはどうしてもできない」と言って、皆から「売れ売れ」と言われても頑として断り続けていたのです。博士は子どもの時、毎日虔十がこの辺に立って自分たちが遊ぶのを見ていたのを思い出し、これらの杉もみんなその人が植えたのを思い出します。博士はここを「虔十公園林」と名づけて、いつまでもこの通りに保存することを提案し、その通りになります。
《全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、さはやかな匂い、夏のすゞしい陰、月光色の芝生がこれから何千人の人たちに本当のさいはひが何だかを教えるか数へられませんでした》(『宮沢賢治全集6』、ちくま文庫、1986年、412頁)。
この童話は賢治さんの法華経の信仰に基づいて書かれたものですが、確かに、シュトルム神父のお姿と深く通じ合うものがありますね。仏教で言うところの仏の不思議な力(童話では《十力の作用》)、キリスト教で言うところの神の言葉の力は、私たちの理解を超えたものであり、同時に、いつか必ず実を結ぶものである。そうして多くの人の支えとなり、助けとなるものである。ただし、そのためには時間が必要なこともある。植物が種から芽を出し、ゆっくりと育ってゆくように、私たちの目から見て、時間がかかることもあるのです。
そしてそれはもしかしたら、虔十(賢治さん)のように、亡くなった後のことであるのかもしれません。その時がいつなのかは、私たち人間には分からないことです。《何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある》(コヘレトの言葉3章1節)。
《良い土地》 ~神さまへの信頼と希望をもって
改めて、「種を蒔く人」のたとえの《良い土地》とは、どのような土地でしょうか。種を芽生えさせ、多くの実を実らせる《良い土地》は、どのような私たちの心の在りようを言っているのでしょうか。本日はこの《良い土地》を、種(=神の言葉)の力を信頼し、希望をもって忍耐する心を指しているものとして、ご一緒に受け止めたいと思います。神さまへの信頼と希望に満ちた心です。
すぐに結果を求め、すぐに答えが欲しくなってしまう私たちです。パソコンやスマホが普及して、よりそのような傾向が加速しているかもしれません。こちらの求めに対してすぐに答えが与えられる、結果が与えられることに、私たちの心身が慣れてしまっている部分があるのではないでしょうか。
種が芽を出し、実を結ぶまでには時間がかかります。すぐには結果が出ることはありません。失敗が続き、時には、泣きながら種を蒔き、苗を植えることもあるでしょう。しかしきっと実を結ぶ時が来る。いつか必ず収穫の時が来る。なぜなら、この地に蒔かれ続けるその種とは、神さまの言葉だからです。私たちが神の言葉に基づき、心を込め、祈りを込めて何事かを行う時、それら営みがまったく意味なく終わってしまうことはないでしょう。
《涙と共に種を蒔く人は/喜びの歌と共に刈り入れる。/種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は/束ねた穂を背負い/喜びの歌をうたいながら帰ってくる》(詩編126編5-6節)。
もしかしたら、私たちが生きている間には、結果が出ないこともあるのかもしれません。でもいつか、喜びの歌と共に、実った穂を刈り入れる日がくる。私たちが涙と共に蒔いてきた種を、神さまが御心のままに、用いてくださる時が来る。その信頼と希望を、ご一緒に私たちの内に新たにしたいと思います。
日本キリスト教団
花巻教会 ホームページ